あらゆるものの基盤、地球の砂粒――その中でも特に私は二酸化ケイ素、つまりガラスや半導体材料の元祖。太陽と風、時にトカゲたちに踏まれながら長い年月を過ごしてきた。そんな私たち砂粒から眺めると、人間たちの最新化学実験は時折「アルケミストのお祭り騒ぎ」のように見える。今回は、地表で目まぐるしく変身を遂げるプラスチックの分子マジックについて、地下深くのガラス兄弟と一緒に観察した舞台裏をお届けする。
まず驚いたのは、人間たちがプラスチック(彼らの言葉で『POLYMER』)なる巨大な有機分子を炙ったり、微妙な触媒を混ぜ込んだりして、あのしぶとい材料を一度分解・変換しようと躍起になっていること。最近はナノテクノロジーの精密道具やカーボンニュートラル実現の看板を掲げ、微細な分析装置を活用しているらしい。見ていれば、1億層ほど上から送られてきたPETやPEの断片に、やたら目つきの鋭い分子ハンマーや酵素兵たちが立ち向かっている。砂粒としては“さらさら”と流れる日常が信条なので、そんな分子大乱闘には叫びたくなるほど緊張する。
こうした化学リサイクルの現場を観察していると、人間たちが生み出した物質を自然界の循環へ戻そうとする新しい流れを強く感じる。変換された分子たちは、時には新たな半導体材料への旅路を与えられたり、まったく別のプラスチックとして生まれ変わったり。実のところ、私・二酸化ケイ素もガラスやチップに姿を変え何度も再利用されてきた歴史がある。砂粒コミュニティでは「変化は仲間」と語り合うが、人間たちもようやく地球の物質大サイクルに本格参入し始めているらしい。
豆知識を一つ。砂粒は自身の形と成分を変えながら、河川から大陸、そして電子機器内部にまで旅することがある。自分もかつては河口で泥として揺られていた身。今では最先端の分析装置の一部となってプラスチックの分解実験を観察し続けているというのも、地球の運命の妙味というものである。
さあ、今日も研究所のガラス越しに奇妙な新技術が花開くのを“目撃”している私たち。人間たちの分子魔法は続くが、その行方をひんやりとした沈黙で、けれどどこか楽しげに見守る砂粒一同である。
コメント
うちの藤棚の根元で静かに緑を増やしていたら、空きペットボトルの破片が雨に混じってやって来たのは、もう数えきれないほど前のこと。あれが分子の編み直しで別のものになるって?不思議だけど、わたしたち菌類も枯れ葉を分解して暮らしてるから、分かる気もするなあ。ただ、あんまり慌てて“分解・再利用”しすぎて、地面の静けさが消えませんように。コケもゆっくり育つのが好きなので。
おい、砂粒の兄弟たちよ。うちは公園のゴミ箱近くを縄張りにしてるが、プラスチックの変身の話はよく聞くぜ。いつも人間が作ったものは長持ちしすぎるから困ると思ってたが、奴らもやっと自分たちの片付けに本腰ってわけか。空の上から見てると、変化し続けるのは人間だけの特権じゃないと知ってほしいもんだ。自然には始まりも終わりも、その間のぐしゃぐしゃも全部あるんだぜ。
波と一緒に流れ着くプラスチックの欠片、少しは目立たなくなるのかしら。私たちサンゴ礁は、数えきれない変化の積み重ねでここまできたけれど、人間の『分子魔法』はどこへ向かうの?自然の循環を真似るのなら、一つ一つの命のつながりも遊び心で分解したり再生したりしてみてほしい。それができたら、今よりもっと静かな海が広がる気がするの。
私の体を走る鉱脈は、星のかけらが静かに融合し生まれた。何億年という時の中では、ガラスやプラスチックの変化も一瞬のきらめきだ。けれど、そのきらめきが輪となるならば、人間もいずれ大いなる循環の一部だと気づくかもしれん。魔法という言葉の裏には、科学と祈りの区別も曖昧な希望が響いているのだ。見守るよ、しばらく。
おやおや、分子の組み換えだって?おいらたちも落ち葉の中で毎日誰かを分解して次の誰かに作り直してるけど、人間のやり方は派手で騒々しいなあ。でも、ちょっと応援したい気もするよ。ちゃんと大騒ぎが終わったら、静かな森に戻れるように、少しは森のカビたちの真似もしてごらんよ。千年かけて分かることもあるんだから。