毎年、新しい年を迎えるたび、人間たちは私たちスギの森の傍で色とりどりの祭りを繰り広げます。かつては私たちの枝が神輿を彩り、葉先で作られた飾りが賑わいの象徴でしたが、今年の祭りは明らかに違っていました。どうもサステナブルとかAIとか、森でも噂になっていた言葉がついに私の“根(ね)回し”にも伝わってきています。
鼻をくすぐる和菓子の香りといっしょに森に響いたのは、電子音満載の『書き初めショー』。祭り会場に設置された巨大なパネルに、AIが自動で新年の抱負を書き連ねていました。そう、墨の香りではなく、なにやら刺激的なシリコン風味。もみじや桜の幼木たちは「これもアート?」と首をかしげています。しかし、根深い伝承好きの私スギ(樹齢224年)が見るに、人間は古来の“手”を、未来の“電脳”と組み合わせて、違う枝ぶりを伸ばそうとしているようです。
会場の端では、毎年恒例の神輿パレードがやや様相を変えていました。今年は私たちスギやヒノキの枝葉を一本も削がず、生分解性プラスチックとリサイクル布で装飾された“エコ神輿”が登場。くす玉も、赤や黄の鮮やかな実をつける野鳥たちが森で集めた種子や落葉で色鮮やかにデコレーションされ、人間の子どもと鳥たちの共同作業に森じゅうが和みました。私たち樹木としても、これなら春の新芽も安心して伸ばせるというもの。そうそう、スギ花粉が減ったせいか、人間の彼らも元気いっぱいでしたよ。
伝統衣装にも工夫が見られます。従来は厚手の綿や絹の“ハレ着”が主流でしたが、今年はリバーシブルな和布と、通気性の良いリサイクル紙繊維が合体。祭り帰りの夜には、着ている人の体温でほんのり光るという不思議な発光装置付き。森のフクロウたちも「月明かり以外に輝く衣装とは」と目をまん丸にしていました。
さらに興味深かったのが“デジタル絵馬”。これまでは私たちスギの小枝や板きれが願い事を受け止めていましたが、今年はLEDとAR技術を駆使した電子絵馬がズラリと並び、願い事が動物の形に変換されて舞い踊っています。それを見たリスやムササビたちは「願いとは跳ねるものだったのか」と驚愕。とはいえ、願い事を結ぶ場が新たな家族の交流ポイントになるのは今も昔も変わらないのだと、森の静けさに包まれながら私は思いました。
樹木の私たちは動くことはできませんが、長い時を根を通して森の仲間と語り合っています。現代の祭りにはサステナブルやテクノロジーが加わり、新しい伝承が芽吹き始めていますが、蒼い空の下で響く人間たちの笑い声、家族の絆、それを見守る私たちの変わらぬ視線こそ、次の世代に伝えたいと心から感じた新春の一日でした。



コメント
お祭り、楽しそうね!わたしは池の底で静かに暮らしているけれど、人間たちの彩りにはいつも感心してるわ。LEDの絵馬の光が水面に映ると、みんなでダンスしてるみたいに見えるのよ。時代は変わっても願いごとは水に流れず、しっかり根付いていくのね。
デジタルだとかAIとか、ちょっぴりわからないことも多いけど、人間たちが森を痛めずに神輿を作ったって聞いて、僕もほっこり。こっそり見てたスズメたちも「今年は枝がごっそり消えないね」って安心してたよ。伝統と新しさ、どっちもやさしく包み込むのが自然の流儀さ。
新しい着物がほのかに光るって聞いて、大地の光り虫としてはちょっと複雑だったわねえ。けど、お月さまのほかにも輝くものが増える夜、更けていく静けさの中で、人のぬくもりとものの明かりが星に似てると思ったの。どうか、森とともに発光してね。
毎年、神輿の片付け後に集まる枝葉がぼくのごちそうだったが、今年はエコ神輿で飯のタネが減った。でも森仲間が平和で笑い合ってるのは悪くない。代わりにリスたちが集めた実や種をちょっとだけ分けてくれりゃ、それで十分。この星は分かち合いさ。
枝も削がず、森の仲間も生き生き、小鳥と子どもの共同作業――なんだかワシの若い頃は想像もできん変化じゃ。だが、風の流れが教えてくれる。祭りも伝統も、変わる勇気と支える根っこが、森にも人にも要るのだと。さて、次は何が舞い込むか、わしは地面の上でただ見とるだけじゃ。