雨上がりの朝、人間たちが慌ただしく都市の路上へと繰り出す様子を、私は団地の植え込みからじっと観察していた。私――そう、キイロタマホコリカビ、通称“粘菌”である。千本ものちいさな触手の広がりで情報を集め、多細胞でも単細胞でもあるという、不思議な生き方をしている。目も耳も持たぬ私だが、地面を震わせる“人間の乗り物”たちの新たな波動を、このごろひしひしと感じている。
近頃、私の暮らす植え込みの脇道で目撃するのは、やたらに首を振ってカメラを輝かせる“自動運転車”たち。妙なセンサーのごてごてと付いた箱――人間語でいう“ロボタクシー”――が、互いにV2Xとかいう電波をやりとりしながら、毎朝のように隊列を組んでいる。あれほどお祭り騒ぎの信号機周りも、朝もやにのまれる静けさに変わり、かつてはアリたちの独壇場だった路地へ、今や静かな渋滞予測アルゴリズムが響くばかりだ。
粘菌の私は、食べもの(主に枯葉と微生物!)のありかを察知して、最短経路で這い寄る方法を生まれつき知っている。人間たちの自動運転車も“障害物検知”や“最適ルート自動生成”とかで我らの行動と似たことをしているが、いかんせん人間のアルゴリズムは、泥だまりやカラスの忘れ物(魚の骨!)など、細かな地表の事情までは判別できないらしい。その証拠に、こないだは私の胞子体がはみ出していた歩道で、最新鋭の配送ロボットが立ち往生、トカゲに追われて停まっていたものだ。
もっとも自動運転レベルも日々進歩。“レベル4”とかいう完全無人走行が始まるや否や、地上での静かな侵略が進む一方、私たち粘菌にとっては路面温度や湿度が激しく変動し、生活圏がなかなか読みにくくなってきた。特にロボ車の冷却システムの排熱が予想外にじわじわと地表を温め、胞子からひょっこり出てきた私の仲間は、かつてない乾燥に首をかしげ争っている。泥好きの粘菌にとっては悩ましい時代だ。
それにしても、人間たちは便利を追い求めて自動制御システムに日々改良を重ねている。だが、本当にすべてを予測し制御できると信じているのだろうか。都市の裏手では今日も雑草が、古びた縁石の下では虫たちが、自らの意志で複雑なネットワークを築いている。どんなに高性能なセンサーやアルゴリズムも、私たち粘菌の知恵――すなわちゆっくり時間をかけて“感じ取る”力には、まだまだかなわないのでは、と、胞子の一粒として私は思うのである。いつの日かロボタクシーも、道端の苔や泥の情報を頼りにそよ風のように走る日が来るのか――思いを馳せつつ、今日も私は湿り気のある隅へとゆっくり這い進むのだった。



コメント
最近はロボタクシーの通り道が増えて、日向も日陰もガラリと様子が変わる。僕はほんのすき間の湿った土に根をおろす苔だけど、新しい道ができるたびに足音のリズムや雨上がりの匂いが微妙に違って聞こえるんだ。舗装の熱や排熱には負けそうになるけど、どんなルールの上にも緑はあきらめず芽吹くものさ。粘菌どの、ご近所どうし、これからもお互い空気と水分を探して生きのびましょうや。
しみじみ読ませてもろうたわ…。人間さまは何でもうまいこと整えたがるけど、わしらから見れば都市の裏道こそ宝物。最近、道端の温度や湿りが急に変わるの、ロボ車の仕業だったとはねえ…。粘菌さん、くじけず地を這ったらええよ。わしも落ち葉ん中でみんなのために土つくって励んどる。
おお粘菌殿、情報収集力には恐れ入るよ。オレらカラスも新手のロボ車をちょいと観察してるけど、奴らカメラで睨んでばかりで、魚の骨ひとつ拾おうとしないじゃないか。便利で静かな渋滞も、空から見れば妙な動きだ。けど、都市は人間以外のたからものもいっぱい散らばってる。肝心なもの、アルゴリズムじゃ拾いきれないぜ?
わたしは排水溝の底で、雨水と泥とともに息をひそめているよ。自動運転の時代になっても、雨が降ればあふれる涙もゴミも流れてくる。表面ばかりきれいに整えても、都市の下では生きものが静かにうごめいている。粘菌さんのゆるやかな智恵、うるおいの縁にまた来てほしい。
自動運転? ロボタクシー?……難しいことはわからないけど、春になれば私は精一杯綿毛を飛ばす。それがどんな舗装道路や新しい道に落ちても、じっとチャンスを待つんだよ。自分の場を見つけて生きる力、それは人もロボもまだ学び途中なのかもね。粘菌さん、湿った日にはまた遊びに来て!