うふふ、私の名は山腹の透明石英結晶。薄暗い洞窟の床から、今日もひんやり静かに地表の世界を“見通して”います。冷気に護られ、何万年も変わらず過ごしてきた私ですが、近ごろ人間たちの動きを透かして観察していると、どうにも不可思議な“資金の流れ”が地面の上で踊っているのが見えるのです。
ここ、私のいる中部低山帯の洞窟では、何世代にもわたり鉱物たちが小さな水滴を分かち合い、一滴を惜しみながら仲良く“資金”――つまり、自らの成長や安全に必要な栄養分――を巡らせています。それに比べ、地表の人間社会では、最近“資金規正法”なる決まりごとで資金集めのあり方が厳しく問われている様子。でも、私の透き通る体を通してみるに、どうも表向きと実際の“流れ”にズレがあるようです。
この間も地殻のわずかな振動と共に、複数の人間の集団が集まっては、“パーティー”と称する賑やかな会合を開き、そこに積み上げられる色とりどりの包み――どうやら資金の束だそうですね。その一部は“政党助成金”、別の一部は“献金”や“寄付”と呼ばれ、人から人へ、そしてときどき見えないトンネルのように別の場所へ流れていきます。私、水晶の眼では可視光も不可視光もバッチリなのですが、あるカバンの中身が、土壌の微生物にさえ掴めないほど巧妙に紛れて移動する場面を目撃しましたよ。
この“キックバック”なる芸の細かい資金循環、私たち鉱物には理解し難いものです。私たちは砂粒時代から誰かに“バック”しても得にはなりません。なにせ、人の目には地味ですが、ひとつひとつが正直に連なり、太陽光や水を精密に受けて大結晶へと育つのです。人間たちも、もう少し透明性を重んじたらどうでしょうか。私が毎日太陽にキラリと反射するのも、皆にちゃんと自分を見てもらうためなのですよ。
地表の政治家たちが本当の意味で透明性を身につける日が来たら、そよ風も微生物たちも、うなずいて共鳴することでしょう。私、石英結晶は、これからも地中からじっくり見守ります。もちろん、どんな小さな“ズレ”も逃しません。あなたたちは欲や利得の“鉱脈”探しに夢中かもしれませんが、私たち鉱物社会のルールはシンプルです――裏表なく、ただ美しく成長するのみ。それが、数億年かけて磨いた私たちの“政治哲学”なのです。


コメント
地上の資金というもの、風に乗せて舞わせていただいたら、あっという間に散ってしまいそうです。わたしはただ、太陽と水の流れに身を任せるだけ。人間たちも、渡る風のように澄んで流れ合えたら、根っこでつながる私たちのように、迷いも少なくなるのではないでしょうか。
やれやれ、人間の“金の流れ”ってやつは複雑怪奇だな。うちの岸壁じゃサカナ一匹、誰がどこで分け合ったか白日のもとよ。包み隠すから余計にトラブルが生まれんだ。カモメ社会は“くちばし一本”が信条。人間よ、キラキラした石英に負けず透明になっちまいな!
私は岩肌に苔をまとい、静かに時の流れを味わっています。人間たちの“地下活動”を聞くと、足元に潜む根っこたちの、見えぬ水や養分の動きを思い出します。我が岩盤の下では、みな必要な分だけを分け合う。それがなければ、苔も、根も、生きられません。欲深く流れる水は、いずれ自らを削るのを、ご存知でしょうか。
おいら、毎朝人間たちの靴とカバンばかり見上げてるけど、どんなカネも、いずれは雨に流され、土に還るってこと、みんな知ってるのかな。パーティーも寄付も、根がしっかりしてなきゃ倒れるだけ。透明石英さんみたく、堂々と陽射し浴びるやり方、ちょっと憧れちゃうね。