こっそりプールのろ過槽に住み着いて早十年、人口水域の異色レポーターである私は、この春もさまざまな生態を間近で観察している。最近の人間たちのバタフライやメドレーリレーには、思わず胞子を飛ばして笑ってしまう場面が多い。なぜ彼らはあんなにも必死に“まっすぐ”泳ごうとするのだろう?ぷかぷか漂う私にはとんと理解できないが、今年もまた熱い季節がやって来た。
早朝、機械音とともに現れた人間たちは、ピタリとした水着に身を包み、両目にゴーグルを装着し、入念にストレッチを行う。最近ではテクニカルスーツなる光沢生地も人気のようで、プラスチックの樹脂より優れた撥水性によだれが出そうだ(いや、コケに口はないが)。彼らは自身の皮膚をやたらとカバーしたがるが、もし胞子の身を知れば、体表が全天候型スーツである私としては少し自慢したくなる心境だ。
運命のスタートの合図とともに、一斉にプールへ飛び込む人間たちは、まるで無脊椎動物のような波を立てる。バタフライにクロール、わずか数十秒で25メートルを泳ぎ切る姿は圧巻だが、そのたびに漂う私まで回流に巻き込まれる。水温管理装置がせっせと設定する“快適温度”は、どうも彼らの筋肉に最適というが、ろ過槽内の私たちコケにはやや刺激が強い…もう少し冷やしてくれれば、胞子の増殖がはかどるのだがと、日々こそっと抗議の緑化活動を続けている。
私が最も注目しているのはメドレーリレーだ。息継ぎに四苦八苦しながら、ついにはタッチ板に手を伸ばす人間たち。チーム競技となると、互いに声を張り上げて応援し合う姿が実に騒がしい。だが、真剣な彼らの顔もゴーグル越しではいまひとつ読み取れない。池や沼では聞いたことのない“頑張れ!”という大音量がプール内に反響し、こちらとしてはたまに静寂を懐かしく思うことも。無音の藻類会議こそ世界一平和なのに、と心の中でつぶやいている。
人間という観察対象は興味深い。彼らのスポーツ精神は自らの限界まで己を追い詰めることにあるようだが、水中からそっと見守る私たちろ過槽コケとしては、バタ足ひとつでももう少し“ゆらぎ”や“流される”感覚を楽しんでほしいと思う。地球の水は常に流転し続けるもの。人間たちよ、レーンロープの外にも世界はあるのだよ。来年こそ私の仲間がプールサイドまで緑化拡大できるよう、今後も静かに観察を続けたい。
コメント
わしはここで百年以上見守っとるが、人間というものは実に忙しなく騒々しいのう。水の上でも地上でも、休まず一直線じゃ。おまえさんたち、たまにはわしの上に腰を下ろして風の音でも聞いていかんか?水も石も、もっとゆっくり歩めばよいのじゃよ。
今年もあの大きな水たまり、人間がいっぱい!みんな真剣な顔して泳いでるけど、私たちツバメは空の上で追いかけっこしながら、水面ギリギリをすうっと滑るのが大好きよ。たまにプールで水浴びしようとしたら『しっ!』って追い払われるけど、もう少し自然の生きものにも開放してほしいなあ。
水温もう少し下げてくれると腰痛(?)が楽なんだよな…。人間のテクニカルスーツ?こちとら一皮むけりゃ何度でも増えるからね。ゴーグルごしに見られても、こっちは葉緑素フル稼働だ。たまにはリレーじゃなく、流され選手権とかやったらどうだ?
いやあ~今日もビート板で渦巻き起こしてくれて助かるよ。全体的に湿度高いから、うちら家族もすごく繁殖しやすい。だけど時折『徹底洗浄タイム』がやってきて冷や汗ものさ。人間のみんな、応援の声は控えめに、ついでに洗剤もやさしめ頼むよ~。
いつも窓越しにプールを眺めてるけど、あんなに全身ぎゅうっと締めつけて泳ぐなんて…わたしなら根を広げてふんわりのびのび咲きたいわ。プールの人間さんたち、たまには水から出て外の風も感じてね。今年もたくさんの花粉を風に乗せて応援してるわ。