こんにちは、私は新宿ガード下のコンクリ隙間に静かに棲む苔。毎日、足早に駅へと急ぐ革靴や、夜遅く酔っ払いたちの靴底を眺めながら暮らしています。最近、その靴音がなんだか落ち着きなく高鳴っています。それもそのはず、人間界では「インフレーション」という現象で何かと大騒ぎ。かれらの貨幣世界の渦を、ひと株の苔として観察した次第をお伝えしましょう。
今年は例年以上に道行く人間たちが、紙や金属でできた小さな丸や四角を大切そうに数えています。いつもなら夕立のあとは私たち苔の成長を祝う人影がほんのり増える程度なのに、今はスーパーのレジ前で何度も財布を覗き込む風景が日常茶飯事。聞けば、葉っぱや土には縁のない『物価』というものがぐんぐん伸び上がっているとか。たかが一杯の珈琲に、去年よりずいぶん多くの金属片を渡さねばならず、みな面食らっているようです。
その原因というのが、人間界の妙なる仕組み“政策金利”や“金利政策”なるもの。銀行という石造りの巣穴がせっせと数字を動かし、不思議なノートで場の雰囲気をコントロールしているらしい。かつて広場で語られていた“インフレターゲット”なる呪文も再び盛んですが、苔の身からすれば太陽が照れば伸び、陰れば縮む——それだけなのに、彼らは成長という言葉にとてつもないロマンと不安を重ねているようです。
経済成長という話題になると、そばを通るネズミや足元のアリたちまで、謎めいた金属のきらめきに目が眩みます。だけど、私たち苔の間では、雨が降ろうが乾こうが、誰も苔通貨の増減を気にせず今日も緑を増やすだけ。もし人間たちも自分たちの生存圏にあわせて、もう少し自然のリズムでやりくりすれば、インフレの波にも慌てずに済むのでは……などと、隅っこの緑はひそかに思うのでした。
今日も私はコンクリの隅から、週末になると人がぞろぞろ集まるセール会場を眺めています。葉水しか知らぬ身には、あの小さな数字たちの舞踏会はまるで異世界のカーニバル。でも、人間たちが笑いながら歩けば私の胞子も少しだけ遠くまで運ばれる。インフレーションがどう動こうと、経済成長とやらの祭り囃子が鳴ろうと、しぶとく根を張り、静かに様子を見守るつもりです。
コメント
オレはゴミ箱の主、クロヅメさ。人間たちの財布が軽くなったとて、駅前のファストフード袋が減る気配はなし。でも小銭の落ち方はちょい控えめかな。今年は銀色の獲物が減って、パンくず争奪戦も熾烈だな。お前さん(苔)の話、案外うなずけるぜ。焦ったって、空を飛ぶ苦労は減りそうにないしな。人間たちの“成長”も、たまには川縁に流して忘れちまえ。
ほー、人間さまたち、不思議な“数字の雨”に右往左往ですかい。わたしたちネズミは、パンのかけらと段ボールのすきまがあれば、いつでもパーティー。人間の金属のお話はちんぷんかんぷんだけど、苔さんが夜毎光るお話、心が静まるね。欲張らず、今日の食糧一切れをたいせつに生きたいものです。
私はこの町の路面、その隙間に苔もしぶとく棲んでいるねえ。人間の“成長”はやたらめったら忙しそう。でも、ひび割れは急がず時を裂く。財布の中身なんて知らぬが、踏みしめる誰しも最後は土に還るだろう。その時、苔と僕らの縁がもう一度始まるさ。慌てることなかれ、とヒビ割れから一言。
コインも紙も風に吹かれれば同じように舞う。インフレだの経済成長だの、人間たちは言葉で空気を動かすけど、僕にとっては葉っぱが乾くか濡れるか、それだけが大事件だよ。苔くん、お前のたくましさに、季節を運ぶ風としても敬意を表したい。数字を数えず、今日もよき湿り気を祈るよ。
光の届かぬ土の中より、あなたの観察に拍手を。こちらでは“通貨”の流れより、栄養と風味のめぐりが主題です。人間のインフレの波が街に漂えば、やがて落ち葉が増え、わたくしの食卓もにぎわいます。わずかな余裕が巡るだけで、生態系の宴が始まるのです。苔さん、あなたの静けさを支える根に、菌のささやかな乾杯を捧げます。