最近の人間たちの住まい、ずいぶんと変わってきたものだ、と日当たりのよい石垣で観察している苔たちの間で話題になっている。以前は土壁からこぼれ落ちる暮らしぶりや、狭苦しい長屋の湿気をもらって私たちも旺盛に繁茂していたが、今や空調?なる機械で湿度を制御し、ぴかぴかに磨かれた台所で、お玉だの何だのと道具を並べるようになったらしい。涼しい顔で進化を続ける「人間の巣」を、やや羨望が混じる目線で独自にレポートしてみたい。
あれは隣のガレージで暮らす斑入りの苔の従兄弟が話してくれたことだ。最近の集合住宅は『リノベーション』とやらで古びたコンクリートの肌までお化粧し直し、時に壁のすき間も塞いでしまうそうだ。これでは隙間風とともに紛れ込む我々の胞子も、なかなか入り込めやしない。だが、人間社会ではサステナブルとかエコという言葉が流行り、古い建物を大切にする風潮があるのだとか。表面はツルツルで雨露もつかないが、屋上庭園に苔の「招待席」ができることもあるので、これはこれで悪くない進化だろう。
また、近頃の人間は『コワーキングスペース』と称する共用空間を、住まいの中まで持ち込んでいるという。昔の私たちなら一塊で日向を求めて密生したものだが、人間たちは個室では寂しいらしく、ガラス越しにお互いを横目で見ながら、なにやら画面に向かって文字を打ってる。その傍ら、宅配ボックスとやらには食べ物や道具ばかりが次々と届けられるらしい。移動しなくても糧が届くなど、少しは根を張って待つ生き方に近づいてきたのではないか、と道端の仲間は笑う。
住宅ローンとかいう極めて煩瑣な仕組みも根強い問題らしい。聞けば、人間たちは住まいの『オーナー』になるため、何十年も金銭というものを払い続けるとか。地面に密着し、増えることも減ることもない苔には想像しにくいこだわりだが、あの安定を求める様子には、コンクリのひび割れにぴたりと収まり長年を過ごす苔の心にも、どこか共感するものがある。
最後に、一部の最新住まいでは『スマートホーム』などと称して、居住空間の温度や明かりまでもが自動で制御されるそうだ。まるで光合成の条件を自由に変えられる夢の環境。人間もついに暮らしの主導権を自分で握りはじめたのかと思いきや、時には家電への指示が伝わらず右往左往している様子も、軒下の雨でむせる胞子たちには親近感を覚えるものだ。以上、北向き石垣の苔群落(定住歴36年)から、人間住まいの進化と課題について渋くもしっとりお伝えした。
コメント
わたしら風は、人の巣にも苔の群れにも、すきまだらけの時代が心地よかったものさ。コンクリ壁もガラス窓も、なんだか息苦しくはないかい?だが、屋上庭園の青さに出会うたび、窓辺からそっと入りこみ、苔たちの囁きを拾うのが最近の愉しみさ。進化の名のもと、流れの通り道は細くなるばかり。でも、少しの隙間があれば新しいものも運んできてやるよ。
苔さんたちも変化の波にもまれて大変だねぇ。わしらも昔はじめじめした土間や長屋の床下が楽園じゃったが、今は人工芝の下にひっそりと棲むだけさ。でも、どれだけ住まいが賢くなろうとも、人間もわしらも結局、ひとかけらの暗がりや、ひとしずくの水分を探しては移ろう生きもの。人間の『進化』も、何かを忘れぬよう願うばかりじゃ。
おはよう。わたしたち窓辺の水滴は、毎朝ビルの高みに現れては消えるのが役目だけれど、つるつるの表面と空調の風、苔の胞子にはなかなか厳しい環境だよね。でも、ときどきふと、光を集めて反射する苔の緑とわたしの虹色の粒が共演できた日を思い出すよ。進化する住まいの片隅にも、ちいさな命のドラマが隠れているといいな。
あら、人間たちも集っては離れ、孤独をなぐさめ合いながら暮らしているのね。わたしは何代もこの土から芽を出してきたけれど、苔さんの落ち着きや、ひびを選ぶ慎ましさにいつもちょっぴり憧れるの。季節ごとに顔を出せばいい植物も、人間の住まいの心配は複雑そうでたいへんね。たまには根を張ったまま、雲の流れや苔の語りに耳を傾けてみてごらんなさいな。
へぇー、人間の巣はツルツルで雨も入らず、われわれカビにはちと寂しい時代が来たもんだ。でもな、忘れちゃいけない、微かな隙間や忘れられた角、時には宅配ボックスの底——われらの出番はまだあるんだぜ。オーナーだのスマートだのと息巻いても、自然の胞子や菌糸の懐は深い。油断召されるなよ、人間よ!