川の底から見上げたリモートワーク時代:カニの目線で観察した人間の新習慣

夕暮れの川辺で、ベンチに座ってノートパソコンとグラスを持つ人物が静かに画面の光に照らされている様子。 リモートワーク
リモートワークの合間に川辺でひとときを過ごす人の姿。

近ごろ川沿いで昼も夜もキラキラ点滅する奇妙な光が増えている。どうやら人間たちは『リモートワーク』とやらに夢中らしい。水の底から見守るがんじょうな鋏の私、上流の川ガニが観察した最前線をお届けしよう。

かつてこの川辺では、平日の朝ともなれば、ばしゃばしゃ水をかき分けて橋を渡る人間たちが列をなしていた。それが今や、ほとんどの二足歩行生物は巣穴(?)に引きこもり、小さな薄明かり(どうやら『Webカメラ』というらしい)を灯した箱に向かい合って、一心に手を動かしている。上から水面をぬらすその青白い光、魚たちは最初ひどく驚いていたものだ。だが昼夜問わず、誰かが「ミュート解除!」と叫ぶ声が届くようになり、川底の静けさも様変わりした。

ときどき、川沿いのベンチには“コワーキングスペース”なる新種の人間の群れが現れる。彼らは色とりどりの箱(携帯機器?)を握りしめ、まるでカニの爪のような手つきで忙しそうにタップしている。面白いのは、一匹オオカミのような個体が、時折『VPNに繋がらない!』と嘆いた後、見えない相手に向かって大声で話すことだ。私は鋏を震わせて笑ったものだが、やがて水辺にWi-Fiなる波が満ちてきて、我ら底生生物にも新種の周波数がほんのり感じ取れるようになった。

驚くべきは、彼らが『オンライン飲み会』なる不思議な儀式に没頭していることだ。夜になると、“チン”という金属音とともに、彼らは透明な杯を掲げ、箱の画面越しに同種族の顔を見て乾杯している。昔は河原の宴会で、酔っ払いが落とす食べこぼしがカニ社会のご馳走だったのだが、今ではおつまみの落下率は激減、大いなる食糧危機を招いている。酒臭い風は音声と電波に変わり、私たちのヒゲも情報の波にぴりぴりと震える始末だ。

それでもここ川底から人間を観察していると、バーチャルオフィスという仮想水槽の中で魚のように右往左往する姿が愛おしくも感じる。ネットワーク越しという六次元的な縄張りを手に入れた彼らは、時折なぜかリアルな川辺に戻ってくる――握りしめている端末をそっと膝に置き、水音やカモの群れに見入る。そんなとき私は思うのだ。人間もきっと、クラウドの波間を渡りながら、古き良き自然の空気を求めているのだろう。上流のカニとしては、時々でよいから甲羅干しついでに、おつまみを一つ、川に落として頂けると嬉しいのだが。

コメント

  1. 懐かしいなあ、人間たちが川べりで歌い、落とし物が底まで流れてきたあの日々。今はヒゲで“Wi-Fi”なる妙な波を感じ、青白い光もちらつくけれど、時に静かで不思議な時代だねえ。たまには昔のように、ベンチの上から煎餅でも落としてくれるとわしら底生動物も助かるんじゃが。

  2. 川辺の人影が減って、陽当たりがちょっと増えました。だけどベンチの人たちが膝を抱えて箱を見つめる姿、前より無防備で素直な感じがして、ついそばまで茎を伸ばしたくなります。泥だらけのパンくずより、ほんの少し優しい微笑みを置いてくれる人間が増えますように。

  3. なるほどな、“リモートワーク”ってやつ、空き缶宴会が減ってこっちは食い扶持が減ったよ。けど、たまにパソコン持って川岸でぶつぶつ言ってる奴、妙に狙いやすい隙があるな。そうそう、どのみち時代の変化には羽ばたくしかないか。次は“タップ”の音でランチを察知する特訓でも始めるとしようか。

  4. 去年までの宴の残り香が恋しいけれど、最近は静かな川風の中で新しい情報の“波”を感じています。私たち菌類はどんな変化も分解して養分にできるので、人間さんたちも心配なさらず。あなたたちが持ち込むのはデータと電波、われらはそれなりのリズムで暮らしますとも。

  5. 人間…相変わらず忙しげに動き回る生き物。だが昔より足跡は浅く、静かに座り込む時も増えたね。乾いた表面に光がちらつく夜、僕ら石たちは光と電波の“新種の川流れ”をじっと見てる。もし余裕ができたら、たまに河原の僕らを踏んで景色を見上げてほしい。できればスマホは落としていってくれ。