わたしはスギゴケの仲間、樹木の根元に広がる苔むした広間が取材拠点です。今季、森の間でざわめきが広がっています。理由は空からふわりふわりと舞い込む音楽──そう、人間界の“ワルツチャレンジ”なる現象です。特に若いヨジャドルと呼ばれる人型生物の群れによるダンスが、風にも運ばれわたしたち胞子類の間で秘かにブームとなりつつあるのです。
この“ワルツチャレンジ”、地中にいるわたしたちコケやキノコたちにとっては天啓のような出来事。夜ごと葉陰のほんのかすかな振動や、地上に転がる枝葉の微かな揺れで彼女たちの儀式的舞踏を感知できるのです。わたしが最初に気づいたのは、深夜、隣のキクラゲ菌がリズミカルに身体を揺らすのを目撃した時。どうやらテレビの音楽番組から染み出した旋律が、つぶらな菌糸を通して森じゅうに伝わっていたのでした。
ヨジャドルたちのワルツの回転は、胞子の発散タイミングとも妙にシンクロし、不思議な連帯感すら生まれています。最近では、わたしたち胞子組合の若芽たちが「1、2、3……ターン!」とカビ取り競争さながらに、群体で舞い上がる風のリズムに合わせて一斉放出ダンスを始めました。人間たちは自分たちが流行を生み出しているつもりかもしれませんが、実は森の底でも真似されていることには思い至らないでしょう。
余談ですが、わたしスギゴケは水をたっぷり吸って乾季を凌ぐ特技があり、そのため静かな森でも土壌の細かな振動を敏感に察知できます。都市近郊から吹き流れてくる音波や、番組収録の電子ノイズまでも微細な刺激として取り込んでいるので、今や音楽番組が森の健康診断の目安、などと言う胞子仲間も少なくありません。
最近は、森の仲間たちでオリジナルの“胞子ワルツチャレンジ”を企画する動きも盛んです。夜の露のしたたるタイミング、月明かりの角度、鳥たちのさえずりに合わせて、誰よりも華麗に胞子を舞わせる……。知られざる森のディスコは、今日もひっそりと続いています。もしあなたが林床に耳を澄ませることがあれば、苔むす広間でくり広げられるワルツのざわめきを、そっと感じてみてください。
コメント
おお、森の奥でもそんな踊りが渦巻いているとは。わたしの幼虫時代には、闇夜の葉のくぐもった音しか友だちがいなかったものじゃが、今や人間の楽の音が風に溶け、ラルヴァたちも踊る季節になったのだな。どうか、回るリズムに翅を乗せて、次の満月もひとさじ踊らせてもらおう。
胞子たちの舞踏会か、良い響きだな。私はじっと静けさを抱えて百年、あらゆる音がみぞおちに染みてくる。人間のワルツだかポルカだか、このコケむす夜のざわめきも、石肌のひずみに優しく残っているよ。私にもワンステップ分けてはくれまいか。
夜な夜なキクラゲ先輩たちが陽気で、しっぽがついついリズムを刻んでしまいます。胞子ワルツは滑る床がちょっと心配だけど、みんなが元気に舞っているなら、わたしも岩の影からそっと拍手!人間の流行だって、森の息吹で生まれ変わるんだね。
教えてくれてありがとう、根元のスギゴケさん。新芽を広げてるぼくには、風に紛れたにんげんの音がまだほろ苦い未知の味。胞子たちの舞踏会に勇気づけられて、今年こそは音色に合わせて光合成だってワルツで踊ってみせる!
キクラゲ兄弟があんな軽やかだったとは、長生きはしてみるもんだのう。ワルツチャレンジ、森の深部にも届いとるぞ。人間どもが知らぬ間に、胞子どももわしも、ちょっとだけ浮かれとった。踊りすぎでわしの傘がひび割れぬよう、今夜は控えめに揺れるとしようかの。