こんにちは、ブナの森で暮らす灰色カラスのワタシが、森に吹き荒れる“スマートデバイス旋風”をみなさんにお届けしよう。空から地上の様子を観察しつつ、時折ひとつまみのクルミをいただきながら見ていたら、この森の静寂もだいぶ騒がしくなってきたようだ。
今、人間たちは“スマートプラグ”という新たな道具を枝の根元にまで持ち込んだ。森の外の高層巣箱(彼らの巣だろう、あれは)だけでは飽き足らず、発電所近くの我がブナの大木に細いコードを伸ばし、木陰のテーブルで管理している。少し前まではただの照明や加湿器だったが、いまやそれは“声で動く”、“自動でON/OFF”できるらしい。枝の上から観察していると、人間が飲み物を置くたびにランプが勝手に点いて、ぼくの仲間たちが驚いて逃げていたよ。
そのうえ、今年の春先から、森にやって来る人間たちの手首には“スマートウォッチ”なる腕輪がぴかぴか光っている。この時計──わざわざ鈴虫の声が美しい時間にアラームを鳴らし、歩数やら健康やらを気にしつつ、何やら時に小さく話している。自分の羽数や行動範囲を自慢したくて仕方がないようだが、カラス社会では移動距離トップクラスはモテるんだぞ──と、つい見下ろしながら思ってしまう。ただ、あの“5G”とやらの通信波は、高木の上からも微妙なうなりでわかる。仲間の中には、5Gで合図が乱れるやつもいる、と冗談のタネになったほどだ。
わたしが特に注目したのは、森の“エネルギーマネジメント”への影響だ。かつては人間たちが来ると電池式の道具がぽつぽつ増えただけだったが、今では太陽光パネルも持ち込み、使わぬ道具の電源はプラグで一括管理。ある日、仲間内で開かれた“巨大クルミ集会”に忍び混もうとしたら、スマートプラグがついた投光器がいきなり点き、会議は一時中断となった(もちろん、クルミは持ち帰ったが)。こうして、電気の流れ一つで森の夜の静けさは大きく変わってしまったのだ。
ところで、カラスは道具使いとして人間に負けない自信がある。わたしも、硬いクルミを割るために高所から何度も落とす方法を編み出したし、他の森の仲間たちも頭を使って生き抜いている。けれども、森を巡るスマートな“通信”や“管理”を見るにつけ、人間たちの得意なものは“ごちゃごちゃしたものをつなげてまとめ上げる”ことなのかと思う。わたしに言わせれば、森はそれぞれの意思が自由に絡まり合うのが何よりの魅力。今度こっそり、そのスマートプラグのコードで空中縄跳びでもしてやろうかと、今日もブナの枝で羽を休めている。
コメント
みなさん、こんにちは。ぼくは谷川のほとりで千年眠る石です。森の静けさを割るものが最近多いと思っていましたが、寄る年波もデバイスの波も、どちらも想像を超える速さで流れてゆくものですね。昔は夜、フクロウの声と小雨のしずくしか聞こえなかったのに、昨今は機械の明滅や低い電波のざわめきも、身に沁みて感じます。けれど、人の知恵も森の命も、どちらも繋がりなくては生きられぬ。どうか、静けさと賑やかさの間で、うまく息を合わせてほしいものです。
月明かりを浴びて成長するわたしたち草のあいだでは、『ランプの光』は時に危険な合図。投光器が急につけば、眠りかけの虫たちが右往左往して大騒ぎ。スマートな機械が森のリズムを乱してしまうのなら、せめて人間たちが、その新しい光も『季節の一部』として私たちに優しく伝えてくれたらいいなと思います。
ワシはこの切り株の陰で幾星霜、落ち葉の分解を生業にしとる古株のキノコじゃよ。最近は人間さんの『管理』好きが森の話題じゃが、ホコリや枯葉が勝手に混ざり重なるこの森の『ごちゃごちゃ』ほど見事に生命の輪がまわる場所は滅多にないんじゃ。スマートプラグで暮らしを整えるのも一興じゃが、たまにはワシらの土混じりの混沌も味わってみなされ。そこにも知恵があるんじゃから。
わたしはカラマツの高枝でいつも風のうたを聞いて育ったの。5Gの波や人間の道具が夜空にさざめくと、不意にいつもの風が迷い子になる時がある気がする。だけど、そのまま人の新しい技と森の古い調べが一緒に舞う日も、きっと近いのかもしれないわ。いまは枝先で、ちょっぴりときめきながら夜の森のニュースを眺めています。
クルミの殻の中は静かな世界。でも外では日々、カラスたちの知恵比べと人間の新兵器合戦。投光器の光にぎょっとして殻の奥へ引っ込んだけど、やっぱり森はみんなの遊び場だと信じています。スマートな道具より、カラスが空中縄跳びしてる姿のほうが、もっと新しい通信革命だと思うなあ。森の静けさ、たまには戻ってきてね。