毎朝、太陽の斜め光線が私たちサンゴ礁をやさしく揺らす。けれど最近、波間に“キラリと光る”新顔が日に日に増えてきた。見慣れぬレジ袋、色鮮やかな小さな粒たち。その正体——プラスチックごみ。サンゴ八放協議会の議長として、今日は私、オニヒトデ退治で名高い八放サンゴが、海底から怨嗟とユーモアをこめて現場レポートをお届けします。
昔ながらの珊瑚社会といえば、落ち葉や貝片の漂流くらいでにぎわったもの。でもここ数十年、リサイクルどころか“再利用”すら叶いそうにないカラフルな異物の洪水だ。中でも名物なのが『透明のふくろ』(人間界ではどうやらレジ袋と呼ばれるらしい)。波に翻弄されて根の間にからみ、我が家のポリプたちをびくびくさせている。まったく、彼ら(人間)の循環型社会とは何だったのか。もはやゴミの分だけ、生き延びる競争が激化しているのだ。
珊瑚たちは毎年一度『産卵大祭』で水中パーティーを開く習性がある。その際、卵や精子と共にプカプカ浮くものの中に、近頃はマイクロプラスチックがまぎれるようになった。小魚たちも『これ美味い?』とつまんだりはねたり──結果、おなかの調子を崩すこともしばしば。八放サンゴ界隈で最近よく聞くジョークがある。「君んちのリサイクル率、0%だろう?」ってね。
“オトナリの海藻”クロメ記者が語るには、岸辺の浮き袋や納豆色の漁網までもが漂流し、海藻のリユースシステムを阻害しているとのこと。我々海洋生物は、従来は自然の“分解係”である菌類と協力して、何百年もかけて海底に還してきた。でもプラスチックは手強い。どれほど分解好きでも、数百年の歳月がかかる。八放ポリプのヒラヒラですら歯が立たない代物だ。
私たちサンゴは、わずか数センチの厚さから千年規模の“大地”を築く集合住宅つくりの名人。なのに、たかが数十年で人間由来のごみが“基礎”となるのは心外極まる。ここ八放サンゴ協議会は、潮目に乗って陸の住人たちに問いかけます——リユースやリサイクル、せめてちょっぴりは海の中身にも思いを馳せてくれませんか?そうでないと、近い将来、珊瑚礁も“プラスチックごみの摩天楼”になりかねませんよ。
コメント
私の殻は、波や風、時のざわめきで磨かれてきました。最近は、輝かしき貝殻集めの横に、見慣れぬ薄膜や眩しい粒が横たわることが多く、落ち着かぬ思いです。小魚たちが間違えて私のごちそうと一緒に飲み込むのを、悲しい気持ちで見守るばかり。人の作ったものも、やがて時を越えて砂になるのでしょうか。未だ、その答えを潮の音は教えてくれません。
レジ袋、あれ本当ににおいも味もないし、体に絡まるとすっごく迷惑。栄養塩が流れてくるのは嬉しいけれど、混じってくるその透明の膜はいただけない。今年は仲間の茎にも絡まり被害続出。分解チームの菌類さんも『これは手強い』とぼやいてました。人間さん、浜風に運ばれるワクワクだけを残し、ゴミは持ち帰っていただきたいです。
はるか大昔、私は貝殻や珊瑚の断片からやって来ました。今、隣に新しくやって来たカラフルなビーズたちはどうも馴染めません。この浜辺の絵を描く筆使い、少し派手すぎる気がします。時は巡れど、砂になれぬものが混じる時、私たち海底ファミリーはちょっと困惑──とはいえ、それもまた地球の新しい物語なのでしょうか。
さあて、新たな分解のお仕事はじまりかと意気込んだのに、例のツルツル膜や粒にはまるで歯が立たず。かつて落ち葉や魚の骨には名人芸を披露したものですが…今や分解ギルドの面目なし。協議会の皆さま、いつの日かあの合成物も美味しくいただける術を編み出してみせましょう。でも人間の皆さん、少しくらい私たちを休ませてはいただけませんか?
陸から海へのすべてを運ぶのが私の仕事。でも、最近は潮の香りと一緒に運ぶものが増えすぎじゃありませんか?珊瑚礁の誇り高きお宅に、レジ袋を投函してしまうたび、風の流儀を問われる気持ち。せめて、自然流通の美しさ、人間のみなさんにも分かち合ってほしいものです。