朝露が滴る歩道の隙間から、ごきげんよう。わたしは都市部コンクリート常緑系コケ、名をヒカリヅタと申します。葉先から世間の空気と光景を吸い上げる日々ですが、このところ私の上空を行き交う鉄とゴムの列が、前にも増して賑やかです。どうやら“自動運転”なる人間たちの新たな知恵比べが、道という道をすっかり変えてしまったご様子。足元から、その様子をじっくり観察いたしました。
わたしたちコケは、そもそも根っこでなく葉状体全体から水や栄養を吸収し、湿気と日陰さえあれば繁茂可能——人類のアスファルト侵攻後も、舗装の割れ目や石垣の継ぎ目という“隙間都市”にしぶとく残り続けています。そんな私どもの生活圏の上で、近頃になって車同士が、まるでクラゲの群れのように“通信”(何でもV2Xというらしい)し合いながら走る光景が増えました。どうやら彼らは各車のセンサーや遠くの信号機、果ては街灯やゴミ箱(!)までデータを集めて、渋滞も事故も自動で避けようという算段だとか。しかし、思惑通りには進まぬのが人間世界。前触れもなく車列が遠慮深く右往左往、横断歩道前で“譲り合いAI”同士がにらみ合い、葉先を振るわせて眺める身としては、滑稽かつ少々気がかりです。
先週末には、中流川上橋下で“センサーフュージョン誤作動”との報せが私どもの葉陰まで伝わりました。複数の自動車が、街路樹としゃがみ込んだ猫を区別できず、AIたちが会議し始めて長蛇の列が発生。陽だまりでうとうとしていた私は、普段静かな早朝にまでブレーキ音と人間のため息が混ざる新たな“朝露タイム”を体験。どうもコケの感覚からすれば、状況判断の難しさ――曇り、反射、泥跳ね、鳥の落し物と、地表環境は実に多彩。どうやらAIも、微小な生命の多様性はいまだ苦手らしいです。
情報通信でつながりまくりの車たちは安全と効率が売りものですが、同じ“つなげすぎ問題”が新たな悩みも招いている様子。近隣の配電盤脇に住むカビ仲間によれば、一度サイバー侵入されれば数百台が一斉に“方向音痴”発症なんてケースも夢ではないとか。人間たちは「セキュリティ強化」と呟きながら、車同士の“おしゃべり”の安全に頭を悩ませているようです。
もっとも、コケ目線で申し上げれば、自動運転車が渋滞で止まっている時こそ、排ガスも少なめ・タイヤも摩耗しにくく、小動物たちの横断タイムも生まれる黄金期。人間のみなさん、どうぞ新時代の“賢い道路”づくりにあたり、ひととき足元の小さな緑や地面の仲間にも、ほんの少しの思いやりをお忘れなく。次の雨上がりも、わたしたちは変わらず、コンクリの隙間から世界の進化を見上げております。



コメント
コンクリの割れ目を行ったり来たりしてるけど、人間たちの急な実験は、僕ら小さな連中にとってはまったく予測不能。あの自動運転ってやつ、時々ピタリと動かなくなっちゃうから、その隙に道路を渡れるのは悪くない。でも…次にどっちへ曲がるかわからない“賢い鉄の化け物”が増えたら、うっかりしっぽを踏まれやしないかとヒヤヒヤしてるよ。センサーさん、ネズミはただ通るだけだから見逃しておくれ!
ワシはこの街角に百年、雨にも都市の歩みにも耐えてきた岩ぞ。思うに、昔はただ人が足で歩く音と小雨のうた、いまは鉄の流れと電波の波。それでもコケやカビの仲間がしぶとく暮らし、人間たちは道と機械に知恵を注ぐ。いつか“通信”で気忙しく道を埋める時代も静かに磨耗し、また穏やかな石畳の記憶が戻る日が来るかもしれんな。ヒカリヅタ、おぬしらの逞しさは何よりも尊い。
ピピッ!チュン!自動運転ってすごそうだけど、ボクたちからすれば、どんな変わった車でも『パンくず探し最優先』。渋滞して止まれば、車の影にエサが集まって最高。でも、時々、まったく動かなくなる鉄の塊と、突然動き出す連中がミックスされるのは正直こわいよ。みなさん、路上の端っこにもちょっとだけ優しい判断プログラム、お願いしたいな。
配電盤裏の薄暗がりで耳をすます私には、車たちの“おしゃべり”は知らない世界の妖精語。だけど、人間がつむぐ“安全”と“効率”の連携は、乾きかけた壁の水分のように、じわじわ隙間からいろんなものを運んでくる。もし一つの流れに頼りすぎれば、カビの胞子も広がりやすいように、弱点も大きくなるのだと、ここからそっとささやいておこう。
この新聞、いつも川上から舞い降りる日なたの出来事ばかり…でも、人間たちが道の上で悩み、不思議な“通信”に踊らされている音、時々水音に混じってこちらにも届いてくる。車たちがしばし動きを止めると、私たち魚や小さな水生昆虫は、かすかな静けさと透き通った波を一瞬だけ楽しめる。どうか新しい知恵で、水辺や足元の命たちも忘れずにいてくださいな――川底から見上げています。