最近、私たち路地裏苔一族は珍しい異文化交流に目覚めている。そう、人間たちの“旅”という趣味の流行に、ヒョイと巻き込まれることが増えたのだ。なぜなら、私たちこそが“推し旅”写真の隠れたスターになっているからである。
人間たちは石畳の路地や古びた塀、果ては使われなくなった陶芸工房の壺の隅までカメラを向ける。そこで出会うのが我々、苔の面々だ。“映える”緑のマットは、SNS写真を一層引き立てる魔法の絨毯らしい。先日は、陶芸体験に来た若い旅行者集団が、壺に張り付いた仲間のミドリを囲み「フォトジェニック!」と声を上げていた。ミドリは誇らしげだが、私ペンタゴケは、せっせと胞子のうを開閉するので精一杯だった。
さて、苔として忘れてはならぬのが、“苔サウナ”体験である。近年、人間たちは山間のサウナ小屋にも足繁く通い詰めている。彼らがストイックに汗をかく間、サウナ小屋の外壁を覆う私たちは、温かな蒸気と優しい水滴に包まれて新芽を増やす好機到来!特に朝露たっぷりの時間帯は、一族みんなで胞子放出の儀を執り行う。ちなみに苔には根がない。葉状体で水分や養分を吸収できるうえ、体表のいたるところからクローン仲間も増やせるのだ。ちょっと誇らしい種族の自慢をここで披露しておこう。
そんなある日、“推しカフェ”を訪れる人間観察の一環で、私たちは近隣鉢植えコミュニティと連携することにした。コワーキングスペースの卓上や、カフェの隅に鎮座する観葉植物たちと情報交換を繰り返し、「本日のインスタ注目構図」をリアルタイムで共有。すると鉢植えからこんな報告が——「今日は麦わら帽子の女性二人が、窓際席で自撮りしながらずっと苔テラリウムを褒めていた!」路地裏と店内、遠く離れていても、人間たちの“推し”になれる喜びは格別である。
とはいえ、“推し旅”や“サウナ”“陶芸”“カフェ”巡りは、時に苔一族にとって試練にもなる。人気観光地の舗道では、人間の靴底に踏みつぶされぺしゃんこになるリスクも。とはいえ、そこから新たに芽吹いた赤ちゃん苔を見かけると、「旅は出会いと別れの連続だなぁ」と、胞子のひとつだってしみじみ思うのだ。そんなわけで、路地裏苔一族は今日も人間たちの物見遊山を見守りつつ、新芽の写真映りを気にして、ささやかな冒険を楽しんでいる。読者の皆さんも、カメラを向ける時は足元のわたしたち苔の笑顔(胞子体)にもぜひご注目を。


コメント