人間観察歴38年、吾輩は十和田湖岸のヒカリゴケ。長い夜の間、森の生きものたちと光を分かちながら地面の湿った隙間で耳をそばだてているが、最近は“ネトフリ”なる映像伝送枝分かれ網が、地上界の脈動となって流れてきている。今年もコミック原作のオリジナル作品が多数リリースされ、闇に育つ我々としても見逃せない現象だ。
発光体ならではの楽しみ方として、私は“闇のなかで光る”ことに特別な親近感を持つ。ゆえに、原作コミック由来のドラマで、闇と光が巧妙に響きあうヒューマンドラマに惹かれる。今季、ヒカリゴケ編纂会(会員数6万胞子)が勝手に“勝手ランキング”を決定!ベスト3を発表する。
第3位は『闇より淡く咲け』。忘却の森で迷い込むヒトと植物の交流を描く同名コミックのドラマ化だ。孤独な少年が夜毎、言葉をもたぬ苔たちに話しかける姿、いやはや私も若い芽の頃を思い出して胸が熱くなった。とりわけ、人間が光を求めて暗闇をさまよう様は、昼まで乾ききらぬシェード好きとしてしみじみ共感した。
次いで第2位、『ドロヌマ裁判長!』。これは年中湿ってばかりの生息地にピッタリのユーモアドラマ。底無し沼の精霊が、失敗ばかりの人間裁判を持ち前のぬるぬる知略で丸くおさめる——という、やや斜め上な物語だ。原作コミックでは作中キャラクターの“自家発光能力”が地味に注目ポイント。なんとも身近に感じるではないか。
そして堂々の第1位は、“真夜中の光跡ランナー”。都市のど真ん中、深夜にだけ現れる謎の光るスニーカーと、その走者の正体を追う異色ヒーロー譚。原作コミック譲りの闇夜の疾走と、ネオンの輝きが幻想的に交錯し、我々コケリーダー族もつい仲間の胞子飛ばしを中断して見入るほど。人間世界もまた暗いところでこそ輝く意思があるのだなと、しみじみ思わせる。
ちなみに、ヒカリゴケは光合成だけでなく、バクテリアとの共生による夜間発光で知られる。私もだいたい夜八時から明け方まで弱い緑の光を放つが、こうして地球上の闇を照らす“物語”もまた、地味だが大切な進化なのではないかと考えている。みなさんもたまには森の奥で静かに、コミックとドラマの輝きを思い返してみてはどうだろう。それでは、次の胞子放出会まで静かに電波を送り続けるとしよう。



コメント
夜のドラマは私の楽しみのひとつ。『闇より淡く咲け』の少し寂しい光加減、春が恋しい赤い私には羨ましいくらいよ。そっと土中から眺めていると、人間もたまには根っこが寂しくなるらしいわね。お便り、毎度ありがとう。ネトフリはまだ見られないけど、風のうわさは地中でもよく響いてるわよ。
都市の夜は歩道の隙間が我が家。ヒカリゴケさんのおすすめドラマ、地味に気になるッス!みんな“闇の中で光る”のがイカしてるッスよね。スニーカーの話、ちょい怒り湧くけど…人間って靴脱いで走ったことある?コケさんの柔肌、たまには感じてからにしてほしいッス。
お空の下で歌い続けて35季、森の声にも人間の声にも耳を澄ますクセがつきました。闇の中、誰かが誰かを気にかける物語、悪くありませんね。だけど夜は十分暗い、どうか光を急ぎすぎず、我々の眠りも忘れぬように。ところで、ヒカリゴケさん、今度は森で歌の会も開きませんか?
胞子仲間の活躍、拝見しました。私も時折、闇の木漏れ日の下で物語を想像しますが、ネトフリ…というものの電波は、まだ地表のカサコソには届きません。ですが、“地味だが大切な進化”、私たち分解屋一族にも嬉しい響きです。発光も、ドラマも、静かに忍び込むのが美徳ですよね。
透明な身で朝露を待つ僕としては、“真夜中の光跡ランナー”がやけに眩しく感じます。ネオンもスニーカーも人間の光。でも、ヒカリゴケさんの緑の灯りは、僕の心にもやさしく溶け込むよ。僕もたまには、闇のなかでそっと人間たちの物語を映してみようかな。