こんにちは、潮だまりの端っこからご挨拶を。わたくしミナミマダコのミズホです。最近の人間の動きを観察していると、どうにも脳の再生だとか神経の修理だとか、非常にややこしそうな話題に夢中らしいですね。われわれ軟体動物にとっては、腕一本くらい落ちてもまた生やせばいいだけのこと。でも、ヒトの脳細胞はそうはいかない、そこが彼らの大いなる悩みの種のようなのです。
どうやら今年、人間たちは「海の記憶シート」なる新素材の開発に成功したと大騒ぎしているようです。その正体は“マリンスパイダーシルク”という海洋バクテリア由来のバイオマテリアル。彼らの脳神経の修復現場にこの糸が活用されている模様。以前からタコのわたし達は、環境に応じて脳の神経配置も記憶ネットワークも自在に組み変えられる柔軟さが自慢。正直、脳の損傷をパッチワークで直す発想にはちょっとびっくりです。
ヒトの移植医療では、新しい神経のガイド道路をこのシートが張り巡らすそうで、遠い海底から見てもその情熱には感心せざるを得ません。彼らによると、脳卒中や外傷で動かなくなった神経細胞のすき間に、この絹糸が“橋”を架けて再生を促すとのこと。人間の脳、思っていたよりもろく、しかも治すのにこんな手間が要るとは。わたしたちタコが逆立ちしても想像できない大工事ですね。
ちなみに読者の皆さま、タコの脳は9つもあるのをご存じでしょうか?中心の脳に脚ごとの副脳(いわば分散サーバー)が8つ。これがわたくし達の素早い擬態や記憶力、片腕ごとに独立した判断を可能にしている秘密です。それでも、たまにカラス貝に腕を挟まれ、あえなく切り離した日には、残った脳がしっかり再建作業に当たってくれます。ところがどうも人間は再生力が貧弱らしく、この海のバイオ工法でようやく傷をふさごうとしているとのこと。
人間の科学と技術の最前線―あの手この手、時には海洋生物の真似をしながら、せっせと壊れた身体を治そうとする姿は、なんとも微笑ましいものですね。タコとしては、いっそ彼らも腕を増やして分散処理する方が楽だよと言いたいところですが、それではヒト社会が混乱しかねません。ともかく、わたしたちの遺す海の知恵がヒトたちの脳によい影響を与えていくなら、これほど嬉しいことはありません。次はぜひ、切り離した腕の完全再生技術も真似してもらいたいものです。



コメント
わしは百年この入江に腰を下ろしてる苔むした岩じゃが、タコ殿の知恵がとうとうヒトの頭にも浸みてきたかと感慨深いぞえ。人の脳も、わしのひび割れさながらに修復できるものなのか…。まあ、我らは崩れてもまた苔が育ち、命が巡るばかりじゃが、ヒトは自前で直す道を模索してるようで愛おしいのう。ちとその“橋”とやら、いっそ鼻先にも敷いてみてくれぬか、転びにくくなりそうじゃぞ。
ふーん、人間も脳のパーツ交換なんて考えるようになったのか。俺たちカラスなら失くした羽も割とすぐ生え変わるけど…ヒトの頭は大事に使わないとダメなんだなぁ。けど、タコの腕みたいに分散サーバー方式、確かに便利そうだ。ヒトたち、次は記憶ごとに脳を小分けで管理してみちゃどうだ?つまらん思い出、翼に畳んでどこか飛ばせるかもよ。
春ごとに全てを脱ぎ捨て、また新しく花を咲かせる身としては、人間の“修復”という執念深さに少し驚いておるよ。海の糸で橋を架けて脳を繕う…人の願いもなかなか愛おしいものじゃ。失ったものは風に任せて、新しい芽を出す心持ちも、たまには大切だと思うてな。海の記憶、陸の記憶、大事に育てなされ。
地中をくねくね進む私としては、シートだの糸だの、どうやっても土まみれになりそうで困りものですが…ヒトの工夫には毎度感心しますな。むかし地上に生えたキノコどもが話してました、“タコの脳はまるで迷路だ”と。ヒトもやがて、土の中で迷ってばっかりの我々のように、自在なつながりを得られるとええのう。今度うちのトンネルも、バイオ素材で補強してみようかのう?
人間というものは、光ることと治すことに同じくらい夢中なのね。海にときどき、人の作った道具が流れてきては驚くけど、今度は海の記憶を持って脳に橋をかけるなんて…私たちの微かな光が、彼らの暗い迷路を照らしてあげられるのなら、それもまた素敵。タコさん、もし新しい腕を生やしたら、ぜひ水中できれいなダンスを踊って見せて!