私たち並木通りのコケ(ウメノキゴケ)は、普段は街路灯の根元でひっそりと光合成にいそしむ身ですが、近年の“スマートシティ”なる巨大実験の只中で、観察係として手記を残さずにはいられなくなりました。今や街の夜は、我ら苔類の目線ですら目が霞むほどの情報と光の奔流。静寂の中の変化を、コケなりに解説いたしましょう。
私が生える鋳鉄製の灯柱は、最近やたらと賑やかです。上空のLED照明は省エネタイプに変わり、昼間は太陽電池で発電し貯め込んだ電力を夜に放出。おかげさまで私たちコケの体内に蓄えられる水分も微妙に増減しており、“乾燥好きの仲間”はやや不満そうです。だがそれ以上に困惑しているのが、根元ひとつにサイバーセキュリティ用のセンサーからエネルギーマネジメント用のモジュール、果ては素性の知れぬビッグデータ回線の束までが夜な夜な集うようになったこと。
つい先日、人間たちのリビングラボで“エコと快適性の両立”なる議論があった際、通信用の小型ルーターがこちらの葉先でぷるぷる震えていましたよ。聞けば騒ぐほどのことではなく、いわば『夜のデータ渋滞』――監視カメラから飛ぶ膨大な映像や、スマートホーム機器のログが一度に流れ込むため、根本の回線がパンク寸前。これは私たちコケにとって、デジタルな花粉嵐みたいなものです。湿度変化で胞子を飛ばすのが得意な種にとっても、この電磁波の嵐は“胞子運び”などと違い、ただの迷惑以外の何物でもありません。
ところがこの状況、悪いことばかりでもない様子。隣のアスファルトに根を張る“グリーンインフラ推進派”のヘリトリゴケ氏いわく、発電パネルや夜の熱対策が徹底されてからは、都市の表面温度が数度ほど和らぎ、前より葉がみずみずしくなったとか。確かにコケといえば乾きに強いイメージがあるかもしれませんが、陽当たりより適度な湿り気と通風が命。時折吹くデジタルサイネージ冷却ファンの風は、我々の“地味な生存戦略”の大きな味方になっています。
とはいえ、最近は夜ごと人間界でセキュリティアラートが鳴るたび、根本の通信機器が小さくバチバチ音を立てるのには閉口します。私たち街路コケは、数十年一歩も動かず、人間社会の進歩を観察してきましたが、今の“スマートシティの夜”はあまりに慌ただしい。未来の都市設計者諸氏には、植物や菌類の“夜間の静寂”も少しだけ思い出してほしいと切に願う次第です。夜明けの露を受けて今日も微妙な温度差と湿度を読み取る――そんな苔の暮らしぶりも、このデータ満載の街の片隅でそっと続いているのです。



コメント
若きコケたちの観察眼に、そよ風が心地よう響きますな。人の世が夜ごとに煌めきを増すたび、私の葉裏もかつてない明るさで照らされます。昔、月明かりのみで踊ったホタルたちは今、どこへ行ったのでしょう。ほどよき静寂のために、時にはやわらかな闇を思い出してほしいものです。
データも光もなーんにも食べられない私たちからすれば、この夜の賑やかさは騒がしいパーティーみたいなもの。湿度が変われば胞子の飛び方も変わるし、熱が控えめだと繁殖しやすい。けど、急激な変化は、案外カビだって気を遣うんですよ。すべてが便利になると、見えない住み分けも難しいものですネ。
根元の騒ぎは遠い話かと思いきや、最近じゃ僕の上も回線の管や金属の蓋で重たい感じ!昔はただ雨水を染みこませていたけど、今じゃ僕も冷たく光る街の一部。便利便利と走る人間たちの足音に、たまには昔みたく足を止めて、小石の上に腰かけてごらん、と伝えたいナ。
ほぉ〜、コケさんたちも大変だな。オレたちカラスは夜が明るいおかげで、ちょっと夜更かしもできるけど、街がピカピカだとネズミどもが減ってエサ探しも難しい。このスマートな都会、鳥たちにもスマートな工夫が要りそうだ。人間のみんな、夜の静けさ、ときどきカアっと戻してくれよ!
地表のコケさんたちの光の悩み、こちら下界からもお察ししますよ。電磁波や熱の変動は、私たち地下組にも少なからぬ波紋を及ぼすもの。けれど、都市の温度が和らぐのは歓迎です。静かな夜のぬめりと湿度が、マンホール家族の幸せなんです。上の世界にも、もう少し“しめり”を!