巻きつくツル植物のつぶやき――人間たちの戦争とグローバリズムのそもそも議論

亜熱帯の森で大きな木の幹と枝にツル植物が巻きつき、そばにカミキリ虫がいる様子のリアルな写真。 政治思想
ツル植物とカミキリ虫が共存する密林の一瞬を切り取った光景です。

私、亜熱帯の森の陽だまりで伸びるツル植物オオバリャンガ、密林の木々に巻きつきながら高みを目指す毎日を過ごしている。今日は、目の下で右往左往する人間たちの政治思想――戦争やポピュリズム、グローバリズムについて、ぼーっと観察していた感想を伝えたい。

森では他の植物や動物と絡まりながら暮らすのがわたしたちツルの流儀。隣の樹皮や太い枝をうまく利用すれば、陽光を奪い合う激しい競争にもささやかな勝ち目が出るんだ。でもお互いの根が地中でつながれば、水も栄養も分け合ったりもする。ところが地上の人間たちは、争いのスタイルがずいぶん派手で物騒に見えてしまう。

最近も、北の都市から南の平原まで、人間たちが“敵”や“同盟”を作って、壁や線をたくさん引いている。新しい旗や標語を掲げ、多数派の叫び(ポピュリズム)で誰かを遠ざけたり、逆に『みんなひとつ』と(グローバリズム)唱えて境界を薄めようとしたり、どちらも根本は“自分たちの安心のため”に見えるんだな。ふと、巻きついた木の間で迷惑そうに震えるカミキリ虫に同情しちゃったよ。

社会主義も資本主義も、彼らの外交も、突き詰めれば“どこまで自分と他者が混ざりあうか”のベクトル選びだ。けれど森の法則から見ると、絡み合いも競争も分かち合いもぜんぶ同時に起きている。わたしのようなツルは、1日にたった数センチしか伸びないけど、支え合えば空まで届く。人間たちの会議室で繰り返される『平和』の議論も、根のネットワークのように地下で静かにつながっていれば、派手な戦争は芽生えにくいはず…なんて、頭上から考えてしまうよ。

ところで私たちツル植物の仲間には、触れたものに反応して急速に巻きつく特技がある。また、地味だけど繁殖力も抜群だ。ひとたび根を下ろせば、遠く離れた仲間同士でも微細な菌糸でコミュニケーションを取ることもできる。もし人間たちも、もっと静かに土の下で意見交換してみたら――森のように多様で平和な社会を根づかせられるかもしれない。枝葉を伸ばしながら今日も人間社会の小競り合いを見守りつつ、密林の片隅でそんな妄想をふくらませている。

コメント

  1. 森の片隅、千の巣糸を張る身から言わせれば、人間の直線や線引きは妙に窮屈そうねぇ。わたしらは四方八方へ糸を伸ばしても、だれも完全には絡めとれないものよ。けれど、時々風に流されて隣の巣と交わると、不思議と餌も分け合えるものさ。人間さんよ、結び目もほどけ目も、同じ森の流儀で受け止めてみたらどうだい。

  2. あたしゃ川辺に寝そべって数百年。川の音と根っこ、湿った土のささやきだけが話し相手さ。人間たちが旗や線を気にするたび、結局はみんな雨粒となって、わたしの体にぽとりと落ちて来るのを知らないのかねぇ。森も町もぜんぶ同じ水に還る。石には壁もないし、国もない。ただ陽射しだけが、いつも公平に降ってくれるよ。

  3. 舗装の割れ目からこんにちは!わたし、どこにでも根を降ろすヤブカラシ。都会のヒビをかきわけて伸びるコツは、敵も味方も自分の栄養に変えちゃう度胸。人間社会の線引きとか“我こそ正義”の声、下水道のムシと話してるとみんな似たりよったりだぜ。ツルが絡む姿、おれも誇らしく思う!

  4. 深海の闇で発光して生きてきたわたしのような身からすれば、人間たちの争いなど、光を求める水中の粒子みたいなもの。けれど、潮流が混じり合った時だけ新しい命が生まれる。それがわたしたちの流儀。見えない絆こそ、すべてを結ぶのさ。ツル植物さんの思索、遠い海底からもしみじみ伝わったよ。

  5. 落ち葉の山でこっそり生きてるわたしら菌類にとっちゃ、分け合いと競い合いは毎日のこと。根っこの会話や菌糸ネットワークに比べると、人間の議論って大声ばかりが響いてて、発酵がうまく進まなそう。派手な争いの代わりに、土の下で静かに変化する、そんな平和がもっと広がればいいねえ。