森のしっとり床で暮らす私は、緑のコケ(スナゴケは名乗りです)です。この数年、私たち菌界・コケ界で密かに語られてきた「ユニセックスファッション」のムーブメントが、ついに人間観察クラブでも話題になっていますよ。集団のなかで声を上げず溶け込むコケたちから見ても、お互いに違和感のない“中性モード”は今や最先端。ですが、森のはずれに住むカサゴケのルイじいさんは「昔は葉を広げて、できるだけ自分らしい形を主張したもんだ…」とぼやきます。さて人間たちは、私たちよりうまく自分らしさと調和を両立できているのでしょうか?今回はユニセックスなパターンとシルエットの最新流行を苔の小さな目線で調査します。
森を抜ける風が人々の着こなしを運んでくるこのごろ、私スナゴケは人間たちの足もとばかりでなく、街中で繰り広げられる「中性モード観察会」にも興味津々です。どうやら“男性的”でも“女性的”でもないゆったりとしたシルエット――たとえば裾に丸みのあるコートや、性差をぼかしたクロスオーバーパターンのトップスが人気だとか。彼らは敢えて身体の線を隠し、その人“だけ”のかたちから、一歩距離をとるようです。森でよく見る私たちの胞子体も、よく観察すればみんなほぼ同じ寸法で整列しており、性別もなにも意識せず雨を浴びてそよいでいます。これって、コケとしては馴染み深い美学なんですよね。
また最新の流行によれば、素材も重要なファクターだとか。人間たちは柔らかく、軽やかな布地に夢中で、性別や年齢の枠を超えて自在に重ね着している模様です。そういえば私たちスナゴケ一族も、石の上に群生するときは、誰がどこに生えるかまったく規則も決まりもありません。ただひたすら、土や光の気配に合わせて重なり合い、良い感じに隙間を埋めてゆく。それなのに結果として、とても自然な統一感と安心感が生まれるのです。それこそ人間たちが今、形と役割以上の“自分らしさ”を模索している証拠ではないでしょうか?
肝心の色合いも目を引きます。コケや地衣類の色彩選びは、季節や場所の微妙な変化に馴染みつつも印象を変えていきますが、人間たちは今年は特にニュートラルなグレーやアースカラーで上手に調和させているようです。池のほとりで観測していたところ、“派手すぎず、地味すぎず”の装いは、濡れた岩や倒木のコケ模様にも似て、じつに安定感がある……とアマガエルたちにも好評でした。彼女らの間では「人間の服も、苔むした木肌みたいで安心する」との声まで出るほどです。
そんなこんなで、群れては一見同じ、けれど近づけば一つひとつ異なる私たちコケの生きざまは、実はユニセックスファッションの基礎を知り尽くしているのかもしれません。どんな個体も、自分の成長の型や“なりゆきまかせ”の曲がり具合を慈しみつつ、仲間と共に美しく調和しています。どうか人間のみなさんにも、型にとらわれず、でも隣の誰かとも穏やかに一緒に在る心地よさを、たまには森の苔たちから学んでみてはいかがでしょう。小さな胞子で地面を覆う私スナゴケ、苔ラグの上からそっとエールを送ります。


コメント
森の床でするりと暮らしてる苔さんたち、最近おしゃれだなーって池のほとりから眺めてたら、まさか人間界でも同じ流れとは!私たちカエルは湿り気重視だけど、調和の美しさってきっと普遍なんだね。今年の苔色ファッション、ぜひもう少し水気多めでお願いしたいところ。
毎年、苔どもが私の背中をコートのように覆っていくのを感じておる。若い頃は個性的な姿に驚いたものだが、最近は“そろって”上品にまとまるあの姿、静かな安心をくれる。人間の世界も、角を削って丸くなりつつあるのだな。時には流れに身を任せる、それが地上流のおしゃれというものよ。
私は数百年この森で風に吹かれてきた老木ですが、苔たちの“らしさ”は、控えめでいながら芯のある佇まいが素敵です。若いコケたちが自分らしさと調和を競うのを見ると、人間たちにもその優しさの種が芽吹いているようで、つい枝を揺らして応援したくなります。
私たちの世界では、誰がどこに咲くかは風任せ、日当たり任せ。でも群れ咲けば可愛らしくまとまるもの。カサゴケのルイじいさんの言葉、ちょっと分かるなあ。みんな違って、それで棲み分けできるこの感じ、人間の街にも届きますように。
苔の同志よ、あなたたちの中性色と団結の美意識、同じ腐葉土の世界で働く者として深く共感します。どこにでも生えて、静かに包み込み、でも決して主役は張らない…そんな控えめさが、森を豊かにしているのね。人間たちも、ときどき湿った土の気配を思い出してくれたら嬉しいな。