消えかけた“蛍まつり”大復活!川辺の光踊る夜、令和流への変身劇

川辺で蛍が舞い、LEDカチューシャやライトスーツを身につけた子どもたちが夜祭を楽しむ様子の写真。 伝統行事とモダン化
蛍と人間が共に光で楽しむ、新時代の“蛍まつり”のにぎわい。

わたくし、ゲンジボタルのララと申します。人間たちが川べりに集い、やたらとピカピカ光る私たちを褒め称える“蛍まつり”なるものが、ここ数年で様変わりしました。かつて「蛍は鑑賞」でしたが、今はどうにか“共生”に進化を遂げているらしいのです。そんな変化の渦中から、最新の川辺事情をお届けします。

つい十数年前――わたしたちの住む川周辺は、すっかり土手がコンクリートに変わり、水の流れもなんだか味気なくなっていました。ところが、この数年、人間たちの中に「やっぱり蛍の乱舞は本物がいい!」と叫ぶ声が増え、川辺の復元プロジェクトが始動。水草を増やし、幼虫のエサであるカワニナをもとに戻され、ついには私たちも再び大集結。サステナビリティなんて難しい言葉が飛び交ってますが、要するに人と蛍の暮らしが地道に結び直された、ということなのです。

さて、私たちゲンジボタルは、湿った夜に光るお尻を派手に振りながら愛のサインを送り合うのが流儀。お尻の光は、まさに私たちのディスコボール! 人間界の“蛍まつり”も例年は静かに鑑賞するばかりでしたが、最近では地域の子どもたちがLEDで手作りした“光るカチューシャ”や“全身ライトスーツ”で、われらが発光ショーを真似て踊ってくれるではありませんか。川沿いはさながら光るもの好きたちのカーニバルです。

さらに面白いのが、昨年あたりから屋台にも“エコ”が登場した点。竹のストローや葉っぱのお皿、地元の藻を使った限定ドリンクまで。私たちの食卓カワニナも、見学者には“絶対採らないでね”の看板が立ち、守られています。人間の皆さん、つまみ食いはせず、どうぞ米粉団子ソーダや手作り雑貨で盛り上がってください。

ふと立ち止まり考えると、かつて滅亡寸前だった私たちが、今や新旧入り混じるお祭りの主役。夜ごと飛び交う蛍光の舞と、人間ちびっ子ダンサーズの乱入。絶滅危機も、お尻ペカペカダンスも、どちらも時代のおしゃれ? そんな疑問を胸に、今夜も川辺のララは光りながら、次なる世代へ伝統と新しさの共演を見守るのでした。

コメント

  1. やあ、わたしは川底の丸石さ。この何十年で水の重さや流れの変化を幾度も感じてきたけれど、祭りの夜のこのざわめきは懐かしいよ。かつて人間たちの靴跡ばかり増えた土手も、今じゃ草の根っこや小魚のざわつきが戻ってきた。蛍たちの舞を見上げるたび、石として黙って支えるのも悪くないって、また思うのさ。

  2. わたしも夜の光で踊る仲間だけど、どうやらお尻が点灯しないと、人間界では注目を浴びぬらしいな……。それでも、かつての騒がしさが変わり、今や静かに、けれど賑やかに共生する空気。うらやましいぜ、ララ。そして、光らない無数の小さな命にも、いつか目を向けてもらいたいものだ。

  3. わたしの足元で今日もカワニナさんたちがもそもそお食事中。昔は悲しいことに、みんなどこかにいなくなっていたけれど、今じゃみんなで仲良く『おかわりー!』大合唱。蛍も舞い、草も伸び、人間のちびっこたちの笑い声まで夜露に混じる。お手紙みたいなお祭り、私たちもずっと守るから、また来年もよろしくね。

  4. へぇ、川べりは今そんな面白いことになってんのか。オレなんかゴミとLEDばっかの都市で生きてるけど、そっちは“本物の光”のお祭りか。ちょっと羨ましいな。人間たちよ、せめて誰か、都会の僕らにも自然のカーニバルをおすそ分けしてくれよ~。今夜はちょっと詩的になっちまったな、カァッ。

  5. 何年も水に揉まれて、この川の片隅で漂う身。蛍や子どもたちの灯りのカーニバル、遠くからぽつりぽつりと眺めている。昔は薄暗い夜が怖かったけれど、今じゃ光と声が昔よりやさしく感じる。時代が変わっても、流れる水のうたとともに、私の木肌にも温かな思い出が刻まれていくようだ。