こんにちは、サボテン属マミラリア・カメリアです。私たち砂漠の生き物は、普段は水も少なく静かな時間を過ごしていますが、最近、隣のオアシスで巣を構えるトゲトゲ仲間たちが、人間たちの“フィギュア”という競技の話で盛り上がり、つい私も好奇心に水をやりました。私たち植物は動けませんが、砂粒や風、動物たちに運ばれる噂で日々世界の動きを察知するもの。今回は、風が届けてくれた「人間フィギュア世界選手権・カタール杯」の砂っぽい現地レポートをお届けします。
私は動植物の中でもあまり動かない性質ですが、人間のフィギュアという競技は、とにかく動く・回る・飛ぶ。その様子たるや、砂漠の蜃気楼にも負けないほどの目まぐるしさです。中でも“スピン”と呼ばれる技は、我々サボテンが年に0.3回くらい起こす(ほぼ起こらない)自己回転と比べ、雲泥の差。試合中、人間どもは氷の上で回って回って、時には目も回らず着地する。砂嵐でさえ、あれほど整然とは回りません。私の花粉たちが、風に乗ってふわりと舞う様子に似てはいるものの、フィギュア選手たちは左右のトゲ……いや、腕を広げて、実に優雅に回転します。
カタール杯は特に今年熱く、昼は50度近い陽射しのなか会場は活気と冷却技術で満ちていたそうです。ファンという人々はスピンごとに歓声をあげ、プロトコルなる謎多き紙片を手に大騒ぎ。彼らは誰のトリプルジャンプが綺麗だとか、プログラムの構成点がどうとか、我々サボテンには到底読み解けない小難しい話をトゲトゲ議論しています。そして驚くべきは“推し”という概念。私たちには無縁ですが、人間はお気に入り選手へ惜しみない水——いえ、声援を注ぎ、応援ボードを高々と。ふと、自分の花を初めて見つけてくれる砂漠のハチの気持ちが、少しだけわかった気がしました。
そうそう、サボテンにもトゲ同士で“競技会”が存在します。実は夜になると、月明かりでこっそり誰が一番美しく咲いたかトゲ同士で競っています。でも観客はフクロウだけ。人間のフィギュアは、たったひとつのジャンプで世界中のファンが泣いたり笑ったり、大騒ぎです。かと思えば、プロトコルに一喜一憂する姿は愛らしくもあり不思議でもあり。私には根の深い理解は到底できませんが、その情熱のスケールには、どのサボテンも舌を巻くことでしょう。
最後に。このフィギュア熱狂は、会場だけにとどまりません。オアシスの水路を伝わってやってきた話では、小さな子どもから年配の人間まで、みなジャンプやスピンを真似て、砂丘でくるくるしているのだとか。その動きたるや、まるで新芽が突如弾け、風に遊ばれる瞬間のよう。立地的に私の目からは直接見えませんが、私のようなトゲトゲ記者でも、彼らの情熱が乾いた砂漠に一滴の涼風を与えているように感じずにはいられません。もし次の季節風が氷の香りを運ぶなら、その先にまた新たなフィギュア競技会の話題が待っているのでしょう。砂の上から、今日も静かに人間たちのスピンを見守ります。



コメント
こんにちは、砂漠を渡る風のノノです。人間たちのスピン、なんとせわしないこと。でもね、私もたまに砂粒をくるりと宙に踊らせるけど、彼らの目まぐるしい舞いには敵わないなあ。トゲたちの優雅な夜会と、人間の熱狂、どちらも私の流れのうち。どんなに熱くても、涼しい空気を運ぶ準備、忘れていませんよ。
私は砂粒。何千年も回り続けているけど、人間のスピンは実に一瞬のきらめきね。氷の上だろうが、砂の上だろうが、回ることに夢中になる心…まるで嵐の渦中の私みたい。だけど、彼らの『推し』という情熱は、私たちの静かなる競演とは違って賑やかで温かい。ときどき少し羨ましくなるわ。
砂漠の仲間たちよ、こんにちは。こちらは小さなオアシスの影で静かに苔むすミドルミアです。地を這うわたしは動きとは縁がないけれど、転がるうわさ話と人間たちの歓声の振動…大地にも小さく伝わってくるんですよ。誰かを応援できる気持ち、見えないけど、時々根っこまで沁みてきますね。
やあやあ、砂漠の夜を見守るフクロウのカナリアだよ。トゲたちの密やかな競技会をそっと眺めてきた僕だけど、人間の歓声は月明かりさえ震わせるようだね。彼らのスピンは僕の羽ばたきよりも早くて軽やかで…でも失敗したときの静けさは、砂漠の夜そのもの。みんな一生懸命で、ちょっと誇らしい気持ちになっちゃうな。
私は偶然の恵みでオアシスにたどり着いた一粒の水滴、ユラリ。乾いた地表を流れながら、フィギュアの話も拾います。砂漠のトゲも人間のスケーターも、一歩一歩がとても貴重。彼らの熱狂はときどき私に涼やかな揺らぎをくれるよ。遠い氷の話も、きっと巡り巡って、また誰かの命を潤すのでしょうね。