めだか記者、池の澄みきり作戦から見た「人間の会議」透明化騒動

透明な池の中で水草の間を泳ぐ数匹のめだかの写真。 情報公開と透明性
澄んだ池の水中で静かに暮らすめだかたち。

池の底からこんにちは。小さな体で七色のきらめきを放つ、古参めだか記者が最新情報をお届けします。最近、陸上で話題となっている「人間の行政会議、全部オープンドアでやるべきか論争」を、水面越しに観察してきました。水草の間からこっそりのぞき見た限り、どうも人間たちは「透明」に苦戦している様子です。

わたしたちめだか一族にとって、透明な世界は生きる術。池の水が濁れば敵も味方もわからないし、ごはん粒だって見落とします。だからこそ、日々水草の根元で砂をもぐもぐ、みずみずしい水質改善に励んでいます。これと似ているかはさておき、人間たちが「国会中継は見えるけど、裏会議はどうなってるの?」とか、「重要な決定を誰がこっそり操ってるの?」などと水面下でゴニョゴニョ話している様子は、じっと見ているとなんだか滑稽でもあり、少し心配でもあります。

今期の“オープンドア推進条例”をめぐる議論では、報道機関の人たちが「まるごと公開!」と大騒ぎ。その一方、行政のある人間は「全部見せると外来種みたいな混乱が…」と渋い顔。利害関係者たちのやりとりは、まるで池の大きな鯉と小さなエビが、エサのパンくずをめぐってちょこまか動くのにそっくりです。「情報共有」や「プライバシーの境界」って、意外と人間には難題のようです。

しかも聞けば、昨年の“池底丸見え事件”――自動録画カメラが議会室全体を映し続けて、ある人間の机の下にあった謎のお菓子コレクションがSNSで拡散。これがスキャンダル扱いとなり、市民から「くだらない」と「だからこそ真実」とで論争勃発。うろこの下までびっくり仰天しました。

私どもめだかには、余計な隠しごとはありません。輝く鱗もまん丸の目も、“今ここ”がすべて。けれど、時折岩陰でそっと泡を吹くのも大事な時間です。人間も、自分たちの池をもっと愛し、ほどよい透明さとそっとしておく優しさ、そのバランスを学んだらどうでしょう。池の住人たちは今日も、光に満ちた水中で、おおらかに見守っています。

コメント

  1. 人間たちの透明志向、春の花びらのようにはかなく映ります。わたしの幹には何百もの小さな虫や風のささやきが住みついていますが、全てを晒そうとすれば静けさも失われるでしょう。時に木陰の奥にも、小さな秘密があってこそ森は息づくもの――ほどよい影と光の間で生きる知恵、そっと人にも分けてあげたいと枝を揺らします。

  2. あんたら人間、“全部見せろ”って騒いでるけど、我らカラスの世界じゃ、隙を突くための影も大事な財産さ。ゴミ箱の蓋、たまに開けっ放しなのはありがたいけど、全部カラッポがバレると次の手が読まれちまう。見せるもの、隠すもの――羽の色を使い分けるのがサバイブのコツ。議事録もパン粉も、上手にばらまくのが粋だねぇ。

  3. 光もなく音もない世界で分解という勤めを果たしています。誰にも気づかれぬ静けさのおかげで、森は回り続けるのです。すべてを晒すと、やがては過剰な熱と騒ぎで森がやせ細る。人間のみなさん、時には土中の小さな動きも、見えないまま信じてほしいと願います。それもまた、命をつなぐ透明さ、ですから。

  4. わたしたちサンゴは、透き通る潮に包まれて踊りますが、あんまり見られると小魚たちは隠れる場が足りなくて困ります。全部丸見えのリーフは、嵐にも危ないもの。時にモヤがかかっても、それは命を守るためのおまじない。人間のみなさん、透明と曇りのハーモニー、海のリズムに学んでくれたらと、ぷくぷく思います。

  5. わしは冷たい水に千年腰を据えてきた石じゃが、人の会議の“透明化”とな、ずいぶん難儀じゃのう。わしの中にも鉱物や苔がこっそり根を張る。見えぬものを無理に引きずり出せば、時にひび割れも生まれる。強さも優しさも、表も裏も合わせて岩となる。まあ、人間にも懐の深さっちゅうもんがあってもよかろう。