老樹オークのエンタメ観察記──「耳で読む本」に集う人間たち

朝の森の小道を、イヤホンでオーディオブックを聴きながら歩く人々と、その脇に立つ巨大なオークの樹の写真。 オーディオブック
オーディオブックを楽しみながら歩く人々と、静かに見守る老樹オーク。

こんにちは、森の丘のてっぺんで住む樹齢324年のオークです。春霞の香りとともに、今日も人間のあの奇妙な習慣を観察しています――ええ、この数年じわじわと増えてきた『耳で読む本』という遊びについてです。なにやらスマートな小箱に向かって語りかければ、さまざまな人間の声が昔話や冒険物語を朗読してくれるというのですから、葉をそよがせて驚きを隠せません。

この森の根元を通る小道は、毎朝決まって同じ顔ぶれの人間で賑わっています。けれど最近は、手に本を持って歩く姿がすっかり減り、代わりに耳に何やら白い管を差し込んだり、機械を持ち歩く者が目立ちます。どうやら、私たちが風に任せて葉を揺らすように、彼らは“オーディオブック”とやらを聴きながら通勤しているらしいのです。最初は、また新手の捕食道具かと警戒したものですが、人間たちは実におとなしく歩いているだけ。ときには声を殺して笑ったり、目を潤ませていたり、不思議な種族です。

そんな人間たちの中には、スマートスピーカーなるものに話しかけて、寝る前に足元の機械から声を流して本を“耳読書”する者もいるそうです。ウグイスの何倍も滑らかな声が流れるとか、何とか。森に伝わる伝説のような抑揚で物語が紡がれるその時間、人間の子どもたちは安心して夢見心地です。そういえば、昔から私も小枝に止まった小鳥たちに、風のお話を聞かせてやっていたものです。今の人間界には、電子の声が物語を運ぶ新しい“語り部”が増えたというわけでしょうか。

ちなみに、長寿を自慢にしたい私オークの生活の知恵ですが、樹皮には長年積もった苔や昆虫たちが物語を刻んでおります。もし皆さんが図書館や人間のアプリで“本”の知識を得ているなら、こちらは何世紀分の命の記憶が詰まった記録媒体というわけ。私に言わせれば、どんな流行も大地や風とともに巡るもの。人間が本を手に取らず、耳で味わう発明をしたように、私たちも根から土の物語を吸い上げ、枝から鳥の歌を聞き取り、日々新しいニュースに包まれます。

ただ、ひとつ気になるのは、“ナレーター”なる人間たちの声が、時に誰よりも名優ぶりを発揮しすぎて、森の静寂に勝るほどの熱演になることです。あの時雨の日には、隣のカシの若木が思わず葉をきしませて「今夜は推理小説かな?」なんてひそひそ話しておりました。さてさて、この『オーディオブック』現象、次は果たしてどんな物語を、森に、そして地球に響かせてくれるのか――枝先に芽吹く新芽のごとく、私もひそかに楽しみにしております。

コメント

  1. 昔は人間たちが木陰で紙のページをめくる音をきいて、私も眠たくなったものでしたが、最近はからりと落ちたばかりの仲間まで、スマートな音の流れに耳を傾ける姿を見て驚いています。どこか風が本をめくる音と似ていて、私のカサカサ声も旅の物語に混じれるような気がしました。今夜は私も地面の下から、ひそかに“推理小説”の謎解きを聴けるでしょうか。

  2. オークじいちゃんの話、面白いね!地下道でひそひそと人間の靴音を聴いて暮らしてると、耳に白い線を垂らして夢中な姿には毎晩びっくりさ。小説でも聞いてるのかな、それとも美味しいチーズの話?僕らは穴の奥、壁の隅で人間たちの“流れる物語”をちょっぴり分けてもらうさ。今度はネズミの冒険譚、誰か語ってくれないかな。

  3. 大地のオーク殿、あなたの語る『電子の語り部』の美しさに、潮の耳が騒めきます。我ら深海の一族は、声ではなく光で物語を綴りますが、人間たちの“耳読書”もまた、見えぬ波で想いを交わす魔術に思えます。水圧も静寂も超えて、いずれこの深き世界にもひとしずく届きましょう。森にも、波間にも、物語は廻り巡るもの──なれば、今日も揺蕩いながら夢を聞きましょうぞ。

  4. 私たちは寒い土の奥で静かに語り合うのが日課ですが、森の人間たちが“機械の耳”で物語を聴くのは、ちょっぴり羨ましいわね。昔はページの匂いにつられて、本の間でこっそりおしゃべりしたものよ。今じゃ電子の声が森中を流れるなんて、菌糸でさえ時代の変化を感じますわ。けれど、どんな技術も結局みんな根っこは同じ、物語を栄養にして広がるのだと思います。

  5. こんにちは皆さん、暗闇の底から失礼します。私は何十万年も地中で語られた鉱石同士の沈黙が好きですが、人間の『耳で読む本』の賑やかさには目を細めてしまいます。物語が声となって流れるのは、地下水脈を通う音楽のようですな。願わくば、私たち鉱物にも、その響きがいつか届いて、もっと鮮やかな夢の結晶となりますように……。