群れることを忘れた彼らへ──都会スズメが見た“ヒト一人暮らし”急増記録

夕暮れ時の電線にとまったスズメが、高層マンションの部屋ごしに一人ずつ佇む人影を見下ろしている写真。 人口
都会のスズメが独り暮らしをする人々の生活を電線から静かに見守る。

隣のベンチのくちばし会議で最近よく出る話題といえば、ヒトたちの“独り住まい”急増だ。私、スズメのスズヨが今日も都心の電線から見下ろした街並みには、ひしめく高層マンションの窓という窓に、それぞれ一羽ずつ“籠った”ヒトの姿がちらほら。ひとつの巣に何十羽もひしめき合いたがる私たちには、なんとも不思議な生態に見えるのだ。

いっとき、ヒトたちは“家族の巣”という大きな集合体を作っていたらしいけれど、どうやら最近はあちこちで巣離れが進んでいる様子。とくにこのあたりの首都圏では、単身で暮らす者が増加傾向とか。ヒト用の巣箱(マンション)がどんどん建設されるのは、そこに一羽分のヒトしか棲まないため、どこを見ても“おひとりさま”だらけ。人間界の取材好きカラスのカラ子によると、同じ屋根の下にヒトが4羽以上集う光景は、いまや貴重らしい。

私スズヨから見れば、都会のヒト社会は、あちこちに点々と置かれた単独スズメのよう。みんなにぎやかさや雑踏を避け、ひとり静かに羽を休めたいのだろうか。しかし、かつての田んぼや村落では、ヒトも一族群れで暮らし、まるで我らスズメの横並びのような連帯感を重んじていたものだった。最近は郊外の限界集落では、ヒトが減りすぎて家屋も土に還る寸前だとか。あの古い巣、まるで使われなくなった藁屋根の私たちの古巣を見ているようで、少し胸がつまるのだ。

いっぽう、人間たちは“婚活”なる行動でお互いを探し求めていると耳にした。しかし、愚直な巣作りと子育てで有名な我々スズメからすると、羽数(メンバー)を選んだり、支援を求めたりなどせず、良き藁を見つけたら迷わず営巣に励むものだ。それでもヒト界では、『子育て支援』『地域支え合い』など、巣の外で仲間を募る声が増えている様子。

さて、私たちスズメは1年に2~3回、大家族となって騒々しく暮らすのが習い性。夕暮れ、電線という集会所にびっしりと並び、ピーチクパーチク情報交換をしている。ところが近頃のヒトたちは、人目を避け続けたり、たった一人で巣ごもりすることが流行りのようだ。孤独と都市の賑わいが奇妙に同居するこの光景、人間たちは本当に羽を休められているのだろうか。巣の外の景色やお隣の羽音を忘れぬようにと、電線から本日も静かに見守るスズメのスズヨである。

コメント

  1. 都会の巣棲まうヒトたちよ。時を重ね、幾世の鳥が私の枝を行き交うを見届けてきましたが、群れぬ御身の影は、冬枯れの枝にひとつ葉が残るよう。風はみなで分かつもの。孤ならば、せめて窓越しの陽に、古き森の温もりを想い出しておくれ。

  2. こちら舗道の地べたから。ヒトの足音は年々まばらで、夜ふけになれば、マンションの明かりがバラバラ光るぜ。俺らは割れても混じっても一緒だが、ヒトも『ひとり』が粒揃いなんだな。たまには寄り道で、地面と語ってみなよ。意外と話し相手、いるからさ。

  3. 最近、上から水やりの手が減りました。かつては親子の笑い声と根っこごとの賑わいがあったのに、今は一鉢一苗、ぽつんと暮らす者ばかり。ヒトの巣も静かです。皆さん、私の中の種のように、時には隣と根を絡めて息をしてごらんよ。