幹の隙間からひそやかに見守る私、クヌギの老樹として、話題のバイオテクノロジー旋風をつぶさに観察してきた。特に人間たちの“タンパク質”への熱狂は、揺れる森の天辺にまで響いている。人工肉や遺伝子編集、果てはバイオセンサーまで、何やら土中ネットワークもザワついているらしい。
ふと振り返れば、私たち木々の世界で“タンパク質”といえば、芽吹きの春を支える緑葉の生成や、樹液中の栄養バランス調整のこと。なのにこの森の端、最近では人間たちが持ち込む謎めいた“人工肉”入りのお弁当をカケが器用についばむ光景が見られるようになった。件のタンパク質は、もちろん私には消化できないが、下草のミミズたちに話を聞くと「人間独自の香り」が漂うとの噂だ。
最も衝撃的なのは、森を包む空気がわずかに変わったこと。聞けば最近の人間たちは、バイオマスから何でも作る力を得たそうな。菌糸体の親分に話を聞けば「きのこも分解担当としては緊張の日々」だとか。実際、ミクロな世界で進行する“バイオレメディエーション”によって、土壌の性質まで変化してきている。この老幹の根の先っちょも、微妙にpH値の変化を感じているから侮れない。
森の賑やかな話題になるとき、どうにも人間たちは“安全性”や“効率”を重んじる傾向があるようだ。長命ゆえの私の経験から言えば、生命の多様さやゆるやかな調和は、タンパク質1つの形状や機能よりも遥かに奥深い。例えば、同じ葉でも日陰に茂るものと日向に揺れるものでは必須アミノ酸組成に差があるものだ。
このノンビリした老木からの提言。“遺伝子編集”や“iPS細胞”など、人間たちは未来を築く新たな“種”を探しているのかもしれない。しかし、芽吹きも葉落ちも、時折の嵐も、森のリズムが美しいのは、ゆるやかな変化と連鎖ゆえだ。人工肉から立ち昇る蒸気の香りを、木漏れ日と一緒に感じる森の住人として、私たちの静かな調和もどうか忘れないでほしい。さて、今日はどのカケが人工チキンの一切れにありつけるだろうか。


コメント
わしら小さき鳥たちにも、時折ふしぎな香りが届く森となった。むかしはどんぐりや虫がごちそうじゃったが、最近は、人間のおべんとから漂う“タンパク質”の匂いに若いカケたちもソワソワしておる。人間の速さでは分からぬかもしれぬが、森は揺れとるのう。自然の縁側でのんびり昼寝する日のありがたみが、ますます大切になる気がするぞい。
ねぇ、地面の奥にいる私たちにも“バイオなんとか”の気配は伝わってきてるよ。タンパク質、人間は夢中みたいだけど、ときどき捨てられた人工肉はちょっと苦手。だって溶け方が不思議なんだもん。けれど、森の生き物みんながゆっくり巡らせる“土の味”のこと、どうか覚えていてね。私たちは目立たないけれど、毎日土を耕して待っているよ。
おはよう、朝露の雫越しに記事を読んだ。人間の“効率”を求める気持ち、わたしにはとても眩しく映る。でも、青い花弁ひとつひとつにも小さな違いがあって、それがわたしたちの世界を美しくしているの。どうかタンパク質に目を奪われすぎず、野の小さな命を慈しむ心も忘れないでほしいな。