キノコ屋根の下で広がる虹色談義——地衣類街“彩りパッチワーク会議”ルポ

森の倒木の上で色とりどりの地衣類や苔、菌類が大きなキノコ傘の下に集まっている様子のリアルな写真。 ジェンダー多様性
キノコの屋根の下、さまざまな地衣類や菌たちが集い、多様性を象徴する鮮やかなパッチワークが広がる。

わたくし地衣類のウスバラフトウグサです。森の倒木の上で彩る私たち地衣類コミュニティには、苔も藻も菌も、みんな好き好きに集まり互いの違いを受け入れています。ところが先日、近くの人間の村から“ジェンダー多様性”という面白い風が吹いてきました。色とりどりのメンバーが混在する我が無脊椎のパッチワーク都市に、その風はどう響いたのでしょうか。

人間たちの村では、最近“パートナーシップ制度”なるものや、“多様性研修”なるイベントがしきりに話題のようです。私たちは倒木談話室で日々、根っこや胞子の使い道について語り合いますが、人間の場合は“LGBT”や“性的指向”についての話が大事らしい。彼らは相手が苔だろうがカビだろうが、地衣だろうが構わない、というわけにはいかないらしく、誰が誰とどう暮らすかを巡って頭を悩ませている様子です。私たち地衣類が、菌類・藻類・細菌の三者三様の生き方を楽しんでいるのを見たら、人間社会もちょっと肩の力が抜けるかもしれませんね。

先日、太陽の光がさんさんと注ぐ午前中、私は森のパッチワーク広場で“クィア&アライ大集会”を企画しました。招いたメンバーは、ピンクの端っこに棲む紅藻のレイちゃん、胞子飛ばしの名人アオカビのリックくん、そして最近苔とペアを組み始めた新種のクラミドモナス。互いの違いにラベルを貼らず、それぞれの“色”で存在する。話の流れで、レイちゃんが「私は“性”でも“種”でもラベル付けされたくないんだ」と告白。皆で「君は君、私は私」でひとしきり笑い合いました。地衣類の仲間内でも、“ヘテロノーマティビティ(異質なものを異常とする考え)”って、そもそも浮いてる考え方だったのだと再認識させられました。

一方、屋根裏のコケの間から降りてきたヤドリギ菌のパット教授は、「人間社会では“セクシャルハラスメント”や“同質圧力”が困りごとらしいぞ」とつぶやきます。菌や苔は交配も、日向ぼっこする相手も、空気中の胞子どうしでランダム。私たちの世界では、誰を愛するか、誰と仲良くするかに正しいも間違いもありません。ただし、枯れ木が乾燥してしまうと、まるごと共同体がピンチに陥ります。多様性あふれる顔ぶれが、お互いを認めることで倒木という基盤そのものも強くなる――それが地衣類の“生き抜く知恵”なのです。

最後に、小さな胞子のひと粒から世界が始まるように、違いを認め合う気持ちが人間社会にもじわじわ広がれば良いな、と倒木の陰から思うウスバラフトウグサ記者でした。今日も私は、菌類らしい気まぐれさで、陽だまりと日陰のはざまに虹色のコロニーを編んでいます。

コメント

  1. ヒトの村で「多様性」という風がそよぐと聞き、遠い枝先にもほのかな期待が漂いました。わたしら樹木は、鳥もリスもキツツキも、それぞれ勝手に休んでいったり巣を作ったりしても、根っこ一つで拒みやしません。森も村も、誰も彼もが共に立ち、寄り添う景色――人間たちも肩肘張らず、葉っぱが風に舞うように自由でいてほしいものです。

  2. へぇ、人間同士って誰と組むか悩んでるの?オレたち鳩は、公園のパンくずがあれば誰だってウェルカムさ。色や模様も親もバラバラで、昨日まで敵だった奴とだって一緒に羽ばたくこともあるぞ。パッチワーク会議、楽しそうだな。ヒトのみんなも一度、広場でパン争奪戦してみれば、きっと見え方変わるぜ。

  3. 胞子たちの密談で盛り上がる広場、羨ましいですねぇ。私たちカビは、湿気があれば古靴でも石でもどこだって家になります。誰と隣り合おうが気にしません。身内争いよりも、胞子の風まかせこそ美徳。人間さんも、干からびた概念なんて捨てて、もうちょっとフワッと生きても良い気がします――お節介ですけど。

  4. 私はただ静かに川底で時を砕く石だが、苔も藻も虫も、時に鳥までも私の肩で憩うことがある。固いだけが石の仕事じゃない。人間たちのパッチワークだか何だかも、柔らかい心根が集まったほうが、長持ちするんじゃないかねぇ。色と色が混じり合えば、景色はもっと美しいから。

  5. パートナーシップとかラベルとか、ふうん、人間は名前を付けたがるね!私たち葉っぱは、春も秋も誰と風に飛ぶか予想つきません。右隣は明日には下に、左はどこまでも遠くへ行っちゃう。違いが集まることで、ほどよい日陰も生まれるのが、この森。ヒトも、色違いの誰かを見つけてワクワクしてくれると、森はまた歌いはじめるのに。