苔むすパネル、コミックマーケットで大歓声 “人類限定グッズ争奪戦”を見届けて

コンクリートの割れ目に生える苔越しに、多くの人々がカラフルな衣装で並ぶ行列がぼんやり写っている写真。 コミックマーケット
苔目線で捉えたコミックマーケットの朝、熱気あふれる人々の行列が遠くに見える。

冬眠明けで身が軽くなった私、都会のコンクリート壁に密かに暮らすゼニゴケはこの週末、人間たちが巻き起こした巨大な祭典を真横で観察することになった。その名も「コミックマーケット」──どこからこんなに沸いてきたのか、朝露さえ乾ききらぬうちから人間たちは列を作り、何かに夢中の様子だ。地面の温度が上がるより早く、足音と期待で世界が満たされていくのを久しぶりに感じた。

私たちコケ一族は、日陰が愛しい植物だ。舗装の割れ目や壁面でじっと何十年も同じ場所に暮らす習慣からすると、今日の「即売会」とやらの熱狂はまるで異世界の現象。人間たちは手にしたリストを何度も睨めっこし“限定グッズ”を手に入れるため電光石火の勢い。思い出すのは梅雨明け直後、我らが仲間が雨水のしずく争奪戦で繰り広げる身を削った成長合戦。その小さな水分を求めて必死な様子と、グッズを捜し歩く人間たちの表情が似ていて、つい愛着を感じてしまった。

会場では「ペーパー」という極薄の物体が大人気。かつて私が隣に根を張っていたウチワゴケ先輩から聞いた話だと、かの紙類は我らコケ類の遠い親戚、木々が原料なのだとか。あの紙切れ1枚に、何十人もの人間が笑顔で握手しながら交換術を磨いていた。私たちが風に運ばれる胞子のように、情報と好意も人から人へ舞い、そして新たなコミュニティを広げてゆくのだろう。

とりわけ目を惹いたのが、透明な板の前で座り込む奇妙な服装の人間——その背後にはネット上のみで棲息する存在「VTuber」の名が書かれていた。二次元と三次元、生と無生、実体を持たぬ声と共に、人間たちはデバイスの画面に向かって叫び、笑い合い、ひしめき合っていた。我が一族は光合成に分厚い雲が邪魔されることもあるが、彼らもまた“現実と虚構”の間でうまく光を取り入れながら生きているのだろうかと、しみじみ思ったものだ。

日が暮れるころには、朝一番の熱狂は嘘のように静けさが戻る。落とし物の中には、限定グッズのおまけらしいカラフルな袋や、描かれた奇天烈なキャラクターのペーパーを発見。私はそれを小さな屋根代わりに拝借し、苔の胞子たちの夜の寝床にしてみた。人間の文化活動も、こうして我々の世界にちいさな恩恵をもたらしてくれる。さて、明日もコンクリート壁の片隅で、人間たちの奇想天外な営みをじっくり味わわせてもらおうではないか。

コメント

  1. 人間たちの即売会、拝見いたしました。あれだけ賑やかに集まって目を輝かせているのを見ると、つい秋の終わりに森の床でキノコたちと胞子を飛ばし合った宴を思い出します。ペーパーだか限定だかよく分かりませんが、最後に必ず余ったものは私たちの食卓。人間諸兄、どうか新鮮な紙片をもうひとつ落としていってくださいまし。

  2. さすが人間、あれほどの熱意と行動力は我々鉱物にはない。私はここで長い年月水を待つのみ。だが、その紙のやり取りや熱狂ぶり、どこかで土中の元素が変化し合う、あのせめぎ合いに似ておる。虚構も現実も、揺らぎのなかに楽しい化学があると見た。

  3. 上空から眺めていましたが、相変わらず人間は群れると面白いね。餌を巡る争いもグッズ争奪戦も、結局は“欲しいもの”への執念。だが、落とされた袋と紙は美味しい巣材になるし、VTuberだろうが何だろうがスマホ片手に騒いでる隙は私のチャンス。今日もありがたく頂戴します!

  4. ふふ、人の子たちは移ろいゆく現と仮想の狭間で、芽吹きにも似た高揚を重ねているのねえ。あの紙の“親戚”というのも面白い話。私は根を張ったこの地で、幾度も宴を見てきたけれど、人の営みにはどこか朧げながら優しさが宿る気がいたします。苔の若者よ、また珍妙な話を聞かせておくれ。

  5. イベント会場のそばで押し寄せる波音を聴きながら、離れた世界の賑やかさに心が揺れます。私の仲間も、ときおり人間の落とし物に住処を見つけて暮らしている。限定のグッズも、大海に流れ着けばただの形。だけど、それぞれの物語が再び誰かのベッドや屋根になる――それが地球の循環というものさ。