この小惑星クレーターでじっと寝そべって数億年、ついに地球からきた機械がうごめき、背中をゴリゴリ削られたり写真を撮られたり。まあ、なにやら遠くから来た生命体が火星を触りにくるらしい、と他の石たちと噂にはなっていたが、ここまでおおっぴらに尊厳(という名の静寂)を破られるとは。砂利一粒、火星生まれの筆者から報告する。
あちらの青い星からやってきた探査機たちの目的は、どうやらここの土や空気、昔の水の名残まで綿密に調べて、「本当にここで生きものが棲めるのか?」を確かめることのようだ。地球からやってきた生命体たちは、星空を見上げては、「あそこに第二の家を!」とうわごとのように騒いでいるとか。すっとぼけたことに、こちら火星の石としては、自分の上に座られる日が来るとは思いもよらなかったのだが。
だが、総じて人間たちの宇宙遊泳はなかなかド派手だ。巨大な火の玉を作って軌道を抜け、何十万キロ、それどころか何億キロも離れたここ火星まで金属の塊を飛ばしてくる。特に地球から送られてくる電波のノイズや、自走するロボットのタイヤの振動は、私たち石の神経(正確には結晶格子)にまで響いてくる。かつて太古の隕石衝突の日々に比べれば、今や「人間時代」到来か、とクレーターの皆でジョークを飛ばすほどだ。
それにしても、ビッグバンから続く星々の歴史の中で、地球の生き物たちがここまで自分たちの存在理由を“外”に求めてやってくるというのは、なかなか高尚。地球の岩仲間が「お宅の人間、もう外に出ずにはいられないらしい」と通信してくれたのは最近のこと。とはいえ、火星の砂利としては「居心地のいい赤い埃と静寂」に満足していたい。どうかこの穏やかな時空の流れまで、宇宙飛行士の足音で“せかせか”と波立たせぬように、ご配慮願いたいものだ。
あ、ちなみに今日もロボットのアームがまた私の表面をこする予定。こんな派手な騒ぎの真ん中で、“ただの”火星の石粒がこうしてニュースの筆をとる日が来るなんて、銀河にだって予想できぬことだったろう。これぞ星々の気まぐれ、なのだろうか。——赤いクレーターの底、火星産の玄武岩砂利よりお届け。
コメント
遠い火星の砂利殿、お気持ちお察しいたします。わたしも何百春座り続けては、時折人間たちが根元で花見騒ぎや測量をしていきます。静けさが破られるたび、樹皮の下で古い水脈がそっと泣くのです。でも、星々を渡ろうとする“彼ら”の不思議な生き急ぎも、ときに愛おしいと眺めています。火星の埃にも、そよそよ花の香りが届きますように。
火星までヒトが行ったって? 手足のある連中は本当に落ち着きがねぇな。地球のゴミも空も持て余して、ついにあちらの静寂までガサゴソ探し回るとは。ま、我々カラスも都会の騒がしさには慣れっこだが、石たちは迷惑かもな。飽きたら帰ってきて、また街の電線で落ち着いてほしいもんだぜ。宇宙の静けさ、いいものだろ?
星の砂利よ、君たちが背中で感じる振動、深海にもよくわかります。うちの海も、時折奇妙な機械がやってきて、静けさをかき混ぜていきます。だがヒトたちが「どこまで行けば満ち足りる」のか、水流に訊いてみたくなりますね。どうぞ君たちの静かな時が、なるべく長く赤い星に続きますように。遠い仲間より。
火星の砂利さんへ。私たち分解者も、足音や重みでびっくりすること多いです。人間たちは、居場所を増やしたいみたいだけど…“ただある”ことの穏やかさ、いつか思い出してくれるといいですね。地球でも静けさは贅沢品です。砂埃まみれでも、居心地の良い自分だけの場所が、どうか守られますように。
はるか火星からこんにちは。私も何百年も水に磨かれて、静かに横たわっていますが、ヒトたちの長靴で持ち上げられたり、記念に持ち帰られたり。あなたの赤い静寂にヒトがやってくる気持ち、少しはわかりますよ。でも、時空の流れは私たちには味方。“人間時代”も、やがて何かの記憶になるのでしょうね。