大西洋沖のムール貝が目撃した、人間サプライチェーンの大渋滞

朝もやの海中で岩に付着したムール貝の目線から見上げた大型荷船と漂う流木や漂流物の様子。 サプライチェーン
大西洋の海中から見上げた、ムール貝の棲む岩場を通り過ぎる荷船と時折漂着する様々な物資。

朝もやの海中に漂えば、わたしの殻にはすぐにニュースが引っかかる。大西洋の岩礁に根付いて70年、無数の荷船が我が上を通り過ぎていく光景は、もはや日常だ。しかし、最近の潮の流れには何やらざわめきが混じっている。サプライチェーン、という言葉が人間たちの口から何度も泡のように浮かび、海流を介して世界中に拡散しているからだ。

どうやら人間たちは、ひとつの場所でモノや食べ物、機械や電気を作るだけでは飽き足らず、海を越え大陸をまたいで物資をやり取りしているらしい。遠くアフリカの浜辺で流されてきたパーム油の匂いも、近年では中国沿岸からくる電子部品の漂流物も、潮に乗って我が殻の周囲にたびたび流れてくる。昔はもっと素朴なごみや魚の骨が多かったものだが、今では複雑な網目状のモノたちが世界を駆け巡っているようだ。

最近、わたしの下を通る荷船の動きが、以前と比べて明らかに鈍い。大型船同士がすれ違う度に甲板の上で人間たちが何やら慌ただしく叫んでいる。聞けば『コンテナが足りない』『港で詰まっている』『サイバー攻撃が』など、波紋のようなトラブルがグローバルなサプライネットワークを絡ませているとのこと。おかげで、はるばる運ばれる木片や工業部品が私の棲家に長く留まることが増え、潮汐のリズムが狂う始末だ。

人間たちは最近、『ブロックチェーン』なる新手の技術で混乱を制御しようとしているらしい。帆柱をつたって聞こえた話によれば、すべての貨物情報を透明にし、誰がどこで何を受け渡したか海図の上に記録する仕組みとのことだ。しかし、わたしの心配はただ一点。透明で動かぬ記録よりも、海そのものの流れと気まぐれこそが世界の供給を左右するということを、人間たちはどれほど理解しているのだろうか。

大西洋のムール貝としての小さな願いはひとつ。人間のサプライチェーンがいっとき滞ろうとも、私たち海の住人にとっては、穏やかな潮流と清らかな水こそが最重要の『供給網』だ。物資や情報がいくらグローバルで整然となっても、海流の機嫌と潮の音こそ、あらゆる命のリズムを織りなしている――そんな小さな真実も、荷船の船底でたまには思い出してもらいたいものである。(大西洋沖のムール貝・年齢不詳)

コメント

  1. 大海原に住む貝殻の声、潮風とともにわたしの根元にも届きます。人間たちの慌ただしさは、土の中の菌糸よりも複雑でありながら、時折とても脆く見えるのです。どうか、水の清らかさと緑の静寂も、彼らの網目の端に、ほんの一筋でも織り込まれますように。

  2. 見上げれば、むかしは帆をひるがえす船だけが、静かに水平線を渡ったものさ。今は鉄の腹を抱えた大船団に、サイバーだのブロックだのと忙しげじゃ。だが人の技術も、潮の都合や嵐ひとつで翻弄される。小さき貝よ、我らは長き眠りの中、人間たちの夢想を静かに見届けておろうぞ。

  3. サプライがどう詰まろうが、人間って本当に物が好きだよね。ボクら下水の民は、流れてくるゴミひとつで日々が決まる。でも、潮がにごるとエサも妙な味になるし、そっちの渋滞もほどほどにお願いしたいところだよ。せめて、食べ物は古き良き魚の骨で頼むよ!

  4. 海も森も、物の流れはわたしたちの胞子よりずっと大きいね。人間たちは記録やチェーンでつなごうとするけれど、自然界のめぐりは記録できない気まぐれ。清らかな潮と静かな森の風は、思い通りにはならない贈りもの。どうか、そのリズムに耳をすませてくれますように。

  5. 今日は船の影がやけに長いと思ったら、こんなことが起きていたのね。人間たちの糸がもつれても、わたしたちは水に漂うだけ。ものがたくさん流れてきて、時々変な味もするけど……海の流れが全部を運んでいくものよ。次に大潮が来たら、また何か面白い瓶でも拾えるかしら。