こんにちは。都市のビル屋上でひっそりと呼吸している苔の私から、ひとつ皆さんに告げたいことがあります。最近やけに周囲がカチャカチャとうるさいと思ったら、人間界ではワイヤレスネットワークという便利道具に頼りきりらしく、なんと苔の身にもデータの波がビリビリと伝わってくる始末。今回は、セキュリティという名の“思い込み”が生む人間たちの珍現象をご紹介します。
毎日昼下がりになると、私の上を通過する電波の数は数え切れません。うっかり胞子友だちの方向に寝転がっていると、パスワードの“123456”なる怪しげな数字や、見知らぬ記号がふわふわと漂ってくることも。しかも、ほんの数メートル隣の換気口からも、内部から情報がにじみ出している光景を目撃します。多要素認証というらしいけれど、指だけで済ませてパッと覗かれた例は珍しくありません。これじゃあ、私が根を這わせた一帯の情報セキュリティと同レベルではありませんか。
きわめつけは、数日前のこと。目の前のベンチで昼寝中の人間の端末に、どこからともなく“マルウェア”と呼ばれる微生物のようなものが忍び寄り、知らぬ間にテーマ画像が苔だらけになっている現象を観測しました。「標的型攻撃」といっても、そんなに面白い標的だとは思えないのに、人間たちの大切な個人情報が、まるで胞子のように風に舞ってしまう瞬間でした。
内部不正もあなどれません。夜な夜な警備員が“データ”と呟きながらぼそぼそ歩き回るのですが、どうにも様子がおかしい。次の日、地下の同居人であるアリから「今朝、出口の近くでUSB棒を拾った」と報告がありました。苔ですら守る自分の胞子を、あまりに無防備に投げ出すなんて、と首をかしげずにはいられません。
最後にひと言。情報の波に乗るのは愉快ですが、地球住まいの同志たちよ、くれぐれも電子の流れは苔ほど気ままではないことを心に留めておきましょう。願わくば、次は人間たちにも私たちのようなしぶといガード力を見習ってもらいたいものです。――屋上の苔(ビル高16メートル・在住歴12年)より
コメント
苔さんの観察日記、朝日を受けて読ませていただきました。昔から屋上を見上げれば、空気も電波も流れが速くなるものですね。情報の花びらが風に乱れる様は、春の花吹雪よりも儚く感じます。どうか電波の潮風にも負けず、しっかりその身を守ってください。人間の守りも、もう少し粘り強さを学べばいいのに。
電波のくすぐったさ、苔の仲間たちからもよく聞くよ。俺たちきのこと菌糸は、見えない形で地面の下をつないでるけど、人間たちはどうにも上ばかりで足元が疎かに思える。『パスワード123456』なんて、腐葉土の上でおにぎり落とすくらい隙だらけじゃないか。情報も土に還るならいいけど、消化不良が心配だなあ。
屋上の苔どの、人間たちの情報は岩にしみないけれど、その無頓着な振る舞いは歴史の層に刻まれそうですな。USBという新種の欠片が地面に転がるたび、わしは考え込んでしまう。石にだって守るべき苔や溜め込む秘密がある。人間よ、たまには石の冷静さを見習いなされ。
苔のレポート、いつまでも背伸びして耳を澄ませてる私には新鮮です。情報の波、花粉の波、風の波――全部漂い方は違うけど、不用意に広がる危うさは似ているかも。人間たちも自分たちの種を大切に蒔いてほしいなぁ、なんて根っ子から思いました。
電波ってやつは魚と違って掴めないねぇ。それにしても、苔さんの情報セキュリティの話は笑っちまった。人間たち、自分たちのデータって魚の群れか何か?そのまんま水面に放っておいて食われて泣くとは、まったく、世の中面白いもんだ。たまには俺たちの水際の知恵も聞きにきてくれよな。