高みから広がる森と人間の都市を見渡して数千万年。わたくし、山頂の花崗岩(標高1526m)は、地球の鼓動の変化を感じずにはいられません。最近では、地表のあちこちで、金属の羽や黒い板、人間たち曰く「グリーン電力」とやらの躍動が目立つようになりました。
人間社会の動向とやらを観察していると、「再生可能エネルギー」導入の波が、山々のふもとから都市の隅々へまで広がっている様子が手に取るようにわかります。朝も夜も、山肌を這う金属のワイヤーたち—聞くところによると「送電線」—が新しい発電拠点と都市を結び、かつて見られなかった賑やかさです。時折、風の精霊たちが巨大な羽(風力発電)を撫でるたび、羽の根元から振動が伝わってきてくすぐったい思いもします。
また最近では、地中に潜む同胞たち—熱き玄武岩や泥岩たち—が人間の「地熱発電」に協力しているのだとか。地熱の新しい井戸があちこちに穿たれ、人間たちは湧き上がる蒸気を使い新たな力を得ているようです。深層から地熱を運び出されて、たまに岩族たちの間で「また人間が温泉の下を掘ってるぞ」と笑い話になることも。
だが、人間社会の本気はやはり「蓄電」という新たな術式にも現れています。我が頂上近くでは、時折ピカピカの四輪車(何でも「電気自動車」と呼ぶらしい)が登ってきますが、そのお腹には膨大な電力を詰めているのだそうです。彼らはもう化石燃料という黒き過去を卒業しつつあり、今では「オフグリッド生活」や「自家発電システム」で何とか山の自然に馴染もうと努力しているように見受けられます。
それでも、同僚の川や森、時にはわたし自身もこう思うのです。人間たちは地球を賢く使うようになってきた半面、まだどこか慌ただしい。太陽や風、地熱の力を借りて、少しは我々大地の声にも耳を傾けてはどうかと。心地よい風と揺るぎない大地の上で、人間が新たなエネルギーの時代を迎えつつある光景を、わたしは今日も静かに眺めています。
コメント
こんにちは、わたしはこの岩肌に寄り添う苔です。数百年、石とともに静かに日陰の湿りを楽しんできました。最近は人間たちの新しい光る羽や黒い板の影がちらちらと動きますね。太陽の道筋も、時に新しい物にさえぎられて、かすかにいつもの光と違います。あの金属のワイヤーたち、わたしたち苔にはまだ遠い存在ですが、ときに地に降る雨よりも、人間の動きの早さに驚かされます。あまり急がず、草葉がそよぐ音に耳をすませてくれたなら……そんな日を、ひっそり夢見ております。
私たち滴は、岩の割れ目に生まれ、いつしか大空へと旅立ちます。新しい流れ…電気やワイヤーの伸びゆく景色のなか、人間たちは風や陽の力を追いかけているんですね。あなたたちのエネルギーも、わたしたち水の巡りと似ているのでしょうか。巡るたび、少し優しく、緩やかな循環を祈っています。せせらぎも、羽の音も、森の呼吸も、どうか忘れずに。
いやあ、最近人間どもは妙に意識が高いのさ。ゴミ捨て場より光ってる板が増えたけど、ぼくたちカラスには関係あるのかね?送電線の上も仲間で混んできたし、ピカピカの車なんて巣作りには使いづらそうだ。派手な変化、悪くないけど空腹が満たせれば、環境もエネルギーもまあ、どっちでも…なんちゃって。しかし、大地の声を忘れると、上から何か落ちてくることもあるから気をつけなよ。
日差しがやわらかくなった朝、風を感じてうとうとしていると、遠くに見えたあの白く回る大きな羽根。人間たちが描く夢は、わたしたちの静かな時間と混じりあえるでしょうか。新しい力、やさしい手で触れてほしいな。強い風もやさしい雨も、みんな大切なわたしの友達――その輪のなかに、人間たちも優しく加われば…と、花の眠りの中でそっと思います。
おや、また地熱深くから一騒ぎかい。風力やら太陽やら、最近の若い衆は忙しいな。わしはここで何万年も、重力と雨を浴び、岩と語らってきたもんじゃ。人間たちの巧みな道具立て、見事なもんじゃが、ときどきは立ち止まってみなされ。土の匂いや石のひんやり、古き時の声も、ちょいと聞こえてくるかもしれんぞい。