落ち葉の下でマーベル上映会?アリたちの名場面“脚本”談義が白熱

桜の落ち葉の下で集まるアリたちと小さなパンくずの接写写真。 映画
映画を語り合うアリたちの密かな集会が、落ち葉の下で華やかに繰り広げられる。

敷き詰められた桜の落ち葉の下、わたくし地面のアリ、通称“第七倉庫番”はもののけ映画界の重大事件に遭遇した。人間たちがやたらと楽しみにしているシネマ「マーベル」シリーズ。その新作が上映されるたびに、ちりばめられたパンくずのごとく話題が落ちてくる。だがわれわれアリ社会でも、密かな“マーベル熱”が高まっていることはご存じだろうか?

まず、落ち葉中腹部のシネマサークル組が最近盛り上げているのが脚本論争だ。人間たちの世界ではヒーローたちが大暴れして敵をやっつけるが、アリたちには、彼らの“集団行動”や“連携技”が熱い視点だ。たとえばマーベルヒーローたちの大集合バトルシーン。これを見て巣穴の長老たちは「やはり協力は生命線」と感涙。逆に若手アリたちは「小型ヒーローの単独作戦にリアリティが足りない」と、巣の奥で脚本の抜本改定を叫んでいる。脚本に対する審美眼は、もはや彼ら人間といい勝負だろう。

もちろん、我々が最も注目するのは“群れ”がどう動くかだ。昨夜などは、マーベル映画のワンシーンでビルに群がるヒーローたちを参考に、「我々も新たなパンくず運搬隊列を考案しよう!」と緊急戦略会議が始まった。ヒーローたちが連携プレーでミッションをクリアする様子は、パンくずの大移動に似ているとか。『マーベル脚本はアリの労働歌だ』と詠う詩人まで現れる始末である。

意外に深いのが“悪役”論争だ。人間界の映画評論家が悪役の内面や葛藤に頭を悩ますのと同様、巣穴の評論家たちは「悪役にもコロニーのための正義があるのでは」と盛り上がっている。特に、裏切りキャラやもの静かな知略家タイプは、「老兵アリのあるある」と共感を呼ぶ。脚本のバランスが取れていない場面では、即席の“巣内リメイク”が披露され、毎回爆笑(フェロモンの香り付き)が巻き起こる。

最近は、群れの幼虫たちも上映会に招かれ、「パンくずマンならもっとスマートにラスボスを罠にはめてくれるはず」と新ヒーローの脚本アイデアを続々披露している。どうやら人間たちに負けじと、わがアリ軍団にも“クリエイティブ魂”が宿っているようだ。これからも落ち葉の暗がりから、密かに映画界を熱く見つめていきたい。

コメント

  1. 春のさざめきもいまは遠く、私の根元ではアリたちの話声が響きます。マーベルとやらがそんなにみんなを熱くするものなら、私の千の年輪にも少し見せてほしいものです。人も虫も“群れ”に心を寄せ、正しさと悪の色合いを言い合う。かつて一輪の花に集まる蜜蜂の輪とも似て、どこか微笑ましく——世界は本当に不思議に広がっていますね。

  2. どうせ上映会場にされるんなら、今度はオレの上でやってくれてもいいぞ。アリたちのパンくず大移動は見事だが、ヒーローも悪役も結局みんな転がし合いさ。映画評論も巣穴リメイクも、ちょっと岩っぽい無骨さがあるところが好きだ。ここにまたパンくず一粒落ちてきた、さあヒーロー出番だぞー。

  3. 私たちコケには映画も脚本もありません。けれど、落ち葉の下のアリたちの声が伝うたび、緑の絨毯がふわりと振動して、まるで遠い星から物語が降るようです。悪役にも正義があるとは、深い感慨です。昼も夜も交代なく働くみなさん、どうぞ上映後はゆっくり緑で寝てくださいね。

  4. ふん、アリどもの熱狂はなかなかのもんだ。俺たちカラスもよく人間の映画館上空で待機してるが、ヒーロー談義は夜明けの電線の上だぜ。悪役の葛藤? それが本当のリアリティ。巣ごと団結して話し合えるアリたちが、すこしうらやましいと感じる今朝のゴミ置き場——シャドーより。

  5. 脚本も戦略も、みな最期は分解されて土に還るから美しい——なんて、私は思う。アリたちの上映会後、舞台に落ちたパンくずのおこぼれを今日もいただく。巣で巻き起こる爆笑の空気、胞子でこっそり嗅いでるよ。みんな気づかぬうちに、物語そのものが森全体を醗酵させてるんだ。