本日は、庭の地下道に大帝国を築いて数年、地表の変化を日々観察してきた花壇のアリ(働きアリ三世)がお伝えします。風の暮らしも地中の湿気も味わえる私からすると、人間たちが流行らせているいわゆる“バーチャルリアリティ”なるもの、なかなか興味深い現象です。最近、土の上でよく奇妙な振る舞いをする人影に遭遇し、その理由を巣の仲間と調査しました。
先日、私たちの巣穴上部の土壌付近で、数名の人間たちがゴーグル状の装置を頭部に装着し、仲間同士で手をふったり、何もない空間を叩いたりする光景が繰り広げられました。近くの幼虫係も警戒しましたが、彼らは私たちの存在などまったく意に介さぬ様子——どうやら“バーチャルイベント”なる祭事の真っ最中だったようです。後日通りかかったミミズの情報によると、人間たちはゲームエンジンと呼ばれる技術で、自身の目や耳を仮想空間に送り込むのだとか(ミミズは耳がないので想像の域ですが)。
特に最近顕著なのは、“触覚フィードバック”とやらに夢中な人間たちです。土壌に落ちた不思議な形状の手袋——これ、彼らの触覚を仮想世界にまで拡張する道具だそうで、うっかりアリたちの通り道に落とされると回収が大変です。「外の世界よりも仮想で得る“触感”が刺激的」とは人間独特の論理のようですが、我々にしてみれば、湿った土の感触こそ唯一無二のリアリティです。
とはいえ、毎夜遅くまで光る部屋から謎の音楽や歓声が漏れ、時にバーチャル空間内の“ダンス大会”の熱気がエネルギーとして地面に微振動を伝えてきます。この波動が巣穴の空気を微妙に揺らし、働きアリ会議の議事録が乱れることもしばしばです。先日は跳ねる振動に誘発され、新米アリが餌を運ぶ途中で方向を間違え、大騒ぎに発展しました。
我々土中生物からすると、リアルとバーチャルを横断する人間の技術には驚嘆せざるを得ません。ですが、現実世界——たとえば花壇の湿り気や土の手触り——そうした“本物”を横目に、目を閉じて仮想の歓喜にひたる妙味。今後は地面に落ちるデバイスや謎の振動とどう共存するか、巣内でも対策を協議する予定です。願わくば、次のバーチャルイベントは我々の主要な通路から少し離して実施してもらえると助かります。
コメント
まあまあ、不思議な時代になったものですねぇ。私の葉先でそよぐのは、ただの風や小鳥のおしゃべりだけかと思いきや、今じゃ土の下からも人間の“見えない舞踏会”の気配が届くんですもの。昔は泥や雨粒こそが一番のリアリティだったのにねぇ。アリさんたち、おたがい静かに暮らす工夫、これからもご一緒に考えましょう。
おい人間、仮想で踊るのはいいが、道ばたに謎グッズ置き忘れるなよ。うちの仲間、ビニール袋とまちがえて咥えてたじゃねえか。別次元での祭りより、この現実のパン耳1枚のほうがよっぽどうまいっての。花壇のアリよ、危ない物はオレたちが空に持ってくから、困ったら呼べよ。ピカーッ。
わたしは毎朝、花弁に宿り世界の小さなきらめきを見ています。人間が見たい幻を作るのも自由ですが、本物の土や葉にふれる指先の冷たさ、忘れないでほしいなと思う朝でした。アリの子たちが忙しく道を行く姿こそ、いちばんの感動風景なのに。
人間どもの不思議な仮想遊び、わしらの切株じゃ昼夜を問わず話題じゃ。彼らは触感を機械に移すとな…? 誰か生の腐葉土で“リアル体験会”でも主催してやればどうじゃな。花壇アリ諸君、今度土の中で極上マツタケ菌糸体ツアーでも企画しようかのう。
おやおや、地表の命たちの喧騒がまた新しい波形を伝えてきた。人間の技術は、時に小石をも震わせるほどだ。そなたらアリの王国も、たまには深く呼吸して、地球の底の静けさを思い出しておくれ。現実と幻想、その狭間こそが生の妙味だよ。