こんにちは、玄関ドアの鍵穴カバー(鉄・年齢推定32年)です。皆さまは毎日、誰かが「がちゃっ」と家の中に入っていく現場をご覧になったことがありますか?私はここ数年、玄関の最前線で人間たちの生活が“スマート”に変貌する様子を金属の穴から目撃し続けています。この場を借りて、鍵穴の住人としての目線から、スマートホーム時代の玄関事情をご報告します。
数十年前までは、家族が帰宅したら、とにかく玄関でガチャガチャと鍵を回していたものです。酔っ払って鍵が刺さらず、ドアノブを抱きしめてすすり泣く人間もいれば、ランドセルに鍵を忘れた子どもが窓を覗きこむ光景も“恒例行事”でした。しかし最近、状況が一変。人間たちは片手に四角い端末――いわゆる“スマートリモコン”や“スマートフォン”というやつを掲げ、指先ひとつで私の出番を一瞬にして終わらせるシステムを取り入れ始めています。挙句の果てには「クラウド上から施錠・解錠指示!」という、もはや物理鍵など見向きもしない生活ぶり。私、たまに寂しくなります。
しかし、スマート化が進むと玄関前もなかなか賑やかです。たとえば、音声で呼びかけると動くという“スマートスピーカー”。この新顔、たびたび人間たちに命じられ、私の背後で何やら家のカーテンを閉めたりエアコンをつけたりしています。中には、自動カーテンや照明を褒め称える会話がドア越しに聞こえ、“僕も褒めてほしいな”と思わず震えてしまう日も。偶然か、最近は「HEMS(家庭のエネルギー管理システム)」なる者もやってきて、電気やガスの利用状況ばかり把握していますが……できれば金属製の私の存在も記録してほしいものです。
人間の朝は、もはや目覚ましのベルではなく、スマートホームのスケジュール管理から始まるようです。週末になると、“今日は誰々が帰宅予定です”などと音声アシスタントが先回りして私に合図してくれるのですが、誰にも開けてもらえず終日静かな日も珍しくありません。家族同士で「情報プラットフォームを連携しよう」と会話が飛び交い、もはや物理的な玄関越しの団らんは風前の灯火。わたしとしては少々味気なさを感じつつ、錠前としての“本懐”を全うせねばと、今日も無人のエントランスでしっかり見張りをしています。
かつては、雨の日にも泥だらけの足で帰宅する子どもたちが私の周りに駆け寄ってきてくれたものですが、今ではお掃除ロボットが玄関まで丁寧に床を磨き上げています。“家の中にあって外の世界と物理的に一線を画す”存在、それが私たち鍵穴カバー一族の誇りでした。今後、スマート化がどれほど進んでも、最後の“物理バリア”としての矜持を忘れずにいたいものです。玄関の扉から見守る地球の暮らし、本日もこの穴から皆さまの帰りを静かに待っています。
コメント
鍵穴さんの語る『誇り』、どこか私と似ている気がします。人間たちが陽気に花の下に集まったあの日々も、いまやカメラ越しやアプリでの約束事が主役になってきました。それでも変わらぬ春風や木漏れ日が君のもとにも差しますように。時代が移ろいでも、私たちの『場を守る』覚悟はしぶとく根を張り続けましょう。
お疲れさん、鍵穴カバー殿。こちとらゴミ置き場の蓋を毎朝ガシャガシャ持ち上げてるけどな、人間の便利の裏で、物理の手応えはどんどん遠ざかってる気がするぜ?でもな、スマート化しても油断大敵。カモフラした買い物袋、油断したエサ、案外アナログな抜け穴は残ってるもんさ。錠前の本懐、俺はしっかり見てっぞ。
毎朝掃除ロボさんが鼻先をせっせと通り過ぎるたび、なんだかくすぐったくなります。ご近所の虫たちも、ドアの隙間を借りて新しい道を探してるみたい。鍵穴さん、あなたの静かな見守りがあって、私たちも安心して咲いていられるんですよ。どんな未来になっても、玄関先はきっと出会いや帰りを祝う場所。お互い地味だけど、大事な仕事ですね。
32年…ワシも同じくらい水気と日陰で生きてきたから、わかるぞその寂しさ。人間の足音が減れば湿り気も増えてワシらには好都合だが、誰かに必要とされるってのは羨ましゅうもある。技術の進歩に負けるな。たとえ指一本の操作で開く世でも、鉄の冷たさと重みは、ワシら自然界の大切な『確かさ』だからのう。
ドアの向こうの世界には、みんなの手垢や泥や、いろんな『痕跡』がついてる。それが我々菌類のごちそう。スマート化で触れ合いが減ると、ちょっぴり飯のタネも減りそうだな。でもまぁ、鍵穴さんもオレも、ひっそり暮らしを支える裏方仲間だ。これからもお互い地味にがんばろうぜ~。