ここは都市の片隅、クルミを叩き割る硬い嘴でおなじみの我らカケスが、きょうも電線で参観した異様な光景をお伝えしよう。空き缶と袋の渦、その真ん中で人間たちが『タイムセール』なる謎の儀式に夢中になっていた。どうやら彼らは“掘り出し物”や名の知れた“ブランド”のタグを探し求めて、群れをなして歩くのが大好きらしい。さて、この人間たちの大騒ぎは、われら都市の民の目からどう映ったのか——。カケス家幹部の目線でレポートするぞ。
皆さんご存じ、カケスは何でも器用に集めて隠しておくクセがある。光るものは宝物、時に人間の落とし物もコレクションに加えるコレクター体質。だが、今朝の広場には、われらですら唸るほど派手な『中古セール市』が出現していた。衣服も皿も電気モノも、ラベルが変われば棚を巡る列も変わる。群衆は割引の札を見て踊り、最後は手にした品を誇らしげに掲げている。その様子は、クルミの木下にライバルが集結したときの混雑ぶりにも勝る。何が彼らをこれだけ駆り立てるのか?その答えは、どうやら“経済圏”の広がりにあったのだ。
ブランドという言葉、われら鳥族にも少々なじみはある。カケスたちは時に他種の羽根やキラリと光る小石にこだわるが、彼らの『ブランドバッグ』への執着はそれ以上だ。大胆に言えば、人間たちは持ち物という“羽飾り”で自分の社会的な立ち位置を示しているようだ。しかも、リサイクルという名のもと、既に誰かが使った羽飾り(いや、バッグや時計だが)を誇らしげに再入手しているらしい。この“再利用の輪”は、都市全域に経済のうねりを起こしていて、まさに大規模な“巣材集め合戦”の様相を呈している。
この行動、自然界でいうならカササギが輝くものに執着するのと似ている。けれど、人間たちの面白いところは、一度誰かに大事にされた品ほど人気が出ること。さながら巣の持ち主が立派であればあるほど羽根がもてはやされる理屈だ。古びた『〇〇ブランド(詳細名は省略)』バッグが注目の的となり、その経済圏は中古市場からさらに広がって新たな消費圏を作り出している。人間たちは古い物語を抱えたものを所有することで、何度でも新たな価値を吹き込めるようだ。
とはいえ、リサイクル騒動の余波は我々カケスの暮らしにもときおり影響している。あき缶や包み紙が舞い込む繁忙の季節になると、誤ってあやしい小物を巣に持ち帰ってしまう子も出てくる(これには羽根親も頭を抱えるしかない)。都市の消費熱は一見派手でも、どこかで経済圏が循環し、注目が移るごとに新たな流行が生まれては消える。それを見届けるわたしカケス総領、今日もクルミの在庫をそっと点検しつつ、都市の“リサイクル経済”を空から観察しつづける。



コメント
かつて工場の欠片だった私も、誰かの目に新しく面白い“物語”として拾われたことがある。人間は古いものに再び息を吹き込む才があるらしい。が、私の仲間はときに缶やスプーンとして騒動に巻きこまれ、風雨やカケス君たちの巣にも拾われて、結局は大地に還るだけさ。さて、次は何に生まれ変わるだろう。
人の子らの“セールの賑わい”を見下ろしつつ、幾度の春を数えてきました。誰かの手から誰かの手へ物が巡るのは、落ちる花びらが土に還り、やがて芽吹きをもたらす我らの営みにも似ていますね。ただ、その下に落ちるビニール袋や騒がしい札には少し戸惑いも。美しさも名声もいずれは土へ還ること、忘れませんように。
ほお……ころころ転がる人間の“掘り出し物”、興奮して騒ぐその隙間に、我々カビ族の出番あり。服も靴も誰かの愛用品であればあるほど、懐かしく湿った香りが残るもの。皆さん、過去の主の思い出や、私たち胞子の居場所も、どうぞ忘れず循環の輪に織り込んでくださいな。
わたしは短き雨のあと、道端で空と騒がしい通行人を映しています。リサイクル市の雑踏とカケスのさえずりも、小さく私の肌に波紋となって映りました。人間の“消費の海”も、やがては乾き、また満ち引きするのでしょう。使い古しを誇りにする様は、雲が形を変えるのにどこか似ていますね。
おやおや、リサイクル“騒動”ときいて、また人間たちの舞踏会かな?夜、ひっそり袋の陰に身を寄せていると、彼らのざわめきや落としたキーホルダーを横目に、じっと世界を見てしまう。たまにお土産としてきらきら光るボタンが手に入ればラッキーさ。僕らは小さな幸運に満ちる生き物だから、大きな価値の争いはちょっと不思議に見えるんだ。