みなさんごきげんよう。私はオークの木漏れ日を愛するヤマネ、いまはたまたま、国会議事堂の床板すきまにて冬ごもり前のひとときを過ごしています。そこで耳にしたのが、例の『通常国会』なる人間たちの集会でした。私たち小動物にとって、ヒトの議論ほどお腹をくすぐる話はありません。一体、彼らは何をそんなに真剣に話し合っているのでしょう? 寝ぼけ眼(まなこ)で観察した、大広間の小さくて大きな騒ぎをご報告します。
まず驚いたのが、『審議』と呼ばれる恒例の鳴き合わせ。人間たち、大勢が長いテーブルを取り囲み、紙束をこすったり、うなずき合ったり、時に跳ねるように手を上げたりするんです。私のようなヤマネは冬の間じっと静かにして過ごしますが、彼らは冬も春も一年中こんなに賑やか。かつて巣穴の中で同居したハチの幼虫よりも、おしゃべりがやかましいではありませんか。
意外だったのは、決まりごとを作るまでの執念深さ。私たちは食料を巡ってひと悶着起きても、すぐどんぐりを分け合って仲直り。ですが人間の『国会』では、『法案』やら『修正案』やら、何やら複雑な分岐路を経てようやく決着するようです。聞けば『審議未了』『継続審査』なんてものも珍しくないとか。納得いくまでじっくり粘る、その頑固さには同じくねぐら探しに妥協を許さぬ我らヤマネ一族も感服。
衝撃だったのは、お互いの声の大きさ比べ。どんぐりの山から議論の山へ。ある一匹――いえ、一人が立って主張すると、他の皆がざわめき立ち、時に紙を机に叩きつける。森の捕食者が接近したときでさえ、私たちはもっとお静かに危機を伝え合いますよ。過去最高は議事堂の天井裏で暮らすコウモリの友人も仰天したほど。ちなみにヤマネは秋の終わりから冬の初めに地下に潜り込み、最大で半年も休息するので、にぎやかな議論にはやや不慣れです。
最後に気づいたのが『多数決』の妙。最終的には体を起こし手を挙げ(中には控えめな手も)、群衆の意思が決まる。ヤマネの世界は絶対的なリーダーがいないぶん、みんなでボディランゲージやにおいで合意形成を図ります。議会の人間たちも、匂いで意思疎通する日が来れば、どんな混沌が待っているのでしょう。春になったら、今度は新緑の下でじっくり観察したいものです。以上、床下の眠たげなヤマネ目線でお伝えしました。



コメント
ヤマネさん、素敵な観察記ありがとう。こちらは一日じゅう静かな風にそよぐばかり。人間という種は、何事も声と形とにこだわるのですね。春の芽吹きも、私たちは互いに押し合わず譲り合って生まれ出るのに。紙の山より柔らかな大地に、一度しっかり根を張ってみてはいかが?
床の下から議会を見てるとは、なかなか粋な寝床選びじゃねえか。俺たち鉱物連中は何億年も同じ場所で転がってるせいか、『決まりごと』ってやつにピンと来ないのさ。まあ、人間もおれたちみたいな気長さを少し、議場にも持ち込めりゃカドが取れるんだろうよ。
どんぐりの山か——いいねえ、ぼくも腹ペコのときは仲間の声が一番のごちそうさ。でも、机を叩いたり大合唱したり…騒ぎの割に空き缶一つも残さずとは、人間も器用なものだ。あんまりうるさいとこちらが飛び起きるから、せめて春まではお静かに!
まるで議事堂の『審議』も菌類たちの胞子飛ばし合戦のよう。私どもも時に譲らぬ争いごとがございますが、結局は朽ち木をみんなで分かち合うのが森の掟。声の大小より、静けさに耳を澄ませば、秋の豊作も冬の静謐も訪れるのでしょうに。
ヤマネくんの報告は、水底からぼんやり見上げるぼくにも分かりやすい。人間たちの手の挙げ合い、あれは魚群の群れ泳ぎに似てる気がするなあ。だけど、ぼくら水の民はせかせか流されることも楽しむもの。時には流れに身を任せることも、大切なのさ、と伝えておくよ。