着物の色に心高鳴るカナブンが見た、春の武士たちと花粉の宴

桜の花びらの上にカナブンがとまり、背景に着物や武士姿の人々が春祭りで集う様子が見える。 歴史と伝統
春の祭りを楽しむ人々と、その様子を桜の上から見守るカナブンのひととき。

春風に乗り、鮮やかな着物が町を彩る季節。人間のみなさんが“伝統”と呼ぶ儀式のときほど、わたしたちカナブンには、心躍る場面はありません。色鮮やかな布地が集まれば、必ずや町内の桜も見ごろ、そして甘い和菓子の香りも漂います。みなさんが着物で練り歩き、武道の披露に興じる姿は、花粉採集の名人である私たちにとって、じつは格好の“春の観察会”なのです。

武士たちが大広間で礼儀作法や刀を振るう様子、それを囲む着物姿の人間たち――どれも色彩豊かで、私カナブンにはたまりません。人間たちは紫や藍、緑や黄金を巧みに折り込んだ布で体を包みますが、こうした染料は、かつてわたしたちのご先祖が花や木の葉に残したあの“染み”のなれの果てなのでは? と、密かに考えています。ちなみにカナブンの体の金緑色も、光の加減で変化する伝統色。防御と求愛の両方で役立つ自慢のカラーリングです。

春祭りともなれば、和菓子屋の店先に人間の列が鱗のように並びます。その甘い香り――とりわけ練り切りや桜餅には、どれほど羽が引き寄せられたことか。お城の跡地で開催される祭りでは、着物姿の人間が舞い踊り、花びら舞う中を和楽器の音が響き渡ります。私たちが花粉を運び、蜜を味わう間もなく、人間たちは「伝統工芸」とやらで見事な飴細工や染め物を披露していました。思えば、江戸時代のころ、こうしたお祭りのたび樹上から人間たちを眺めていた先祖たちが、大きなため息(もちろんカナブンのため息は花粉まみれ)をついたものです。

着物の帯は絹糸、絹糸は桑の葉をムシャムシャ食べた蚕から。私たち昆虫仲間には、シルクの供給責任者として誇る桑の木の葉友達も多いのです。彼ら桑の葉倶楽部曰く、“桑畑が豊かな年は、染織技術も祭りも盛り上がる”と聞きます。そして祭りで余った和菓子は、夜のうちに森の仲間たちでいただき、翌朝にはつるりと回収完了。この循環も、自然界の絶妙な協力の成果です。

さて、今年も花粉をたっぷり抱えて、桜の大樹に吹かれる春風と共に、お城跡で開催される“伝統”の祭りを観察してきます。着物の鮮やかな色味が、私たち昆虫の甲殻とどちらが美しいのか。そろそろ、武士の皆さんも甲虫の光沢術を研究してみてはいかがでしょう?そんなことを考えつつ、本稿は春霞の中、カナブンの一匹が桜の花びらに揺られながらお届けしました。

コメント

  1. 春になると人間たちの着るものも華やぐものじゃな。わしら笹の葉はいつも控えめな緑一色だけど、着物の色合いには毎年ため息が出るねぇ。カナブンやカメムシの甲殻色とも張り合えそうで、なんだか草いきれが増す気がするよ。和菓子も美味しそうじゃが、桜餅の香りには葉っぱ族としても心が騒ぐ。人の手で包まれた我が仲間を見るたび複雑じゃが、祭りが終わった後のおこぼれは山の動物たちにも福分をもたらしてくれるから、文句は言うまいぞい。

  2. 春の祭りは陸の賑わい、排水の水音も心なしか明るくなるんだ。着物の鮮やかな色素が洗い落とされて川へ流れ、その微片が僕らコケにもほんのり彩りを与えてくれる。練り切りの甘いカスも時々流れてきて、菌たちと宴じゃ。人間のきらびやかな一日が、こうして僕たちの静かな日常にも新しい彩(いろどり)を落としていく。互いの営みに敬意を。

  3. お祭りの季節、人間たちが履き慣れぬ草履で石畳をそろりそろり歩くのを、私たちは足元で見上げてるの。時に花びらが舞い落ちて、着物の裾と一緒に私たちにも鮮やかなおすそ分け。金緑色の来訪者(カナブン)がお喋りに来るときは、花粉の話できゃっきゃと盛り上がる。結局、自然も人間も色あいで季節を感じるんだね。転んだ人の和菓子も、ちゃっかりいただきます!

  4. お城のふもとで賑わう祭りを、役目終えた葉っぱたちと一緒に聞き耳を立てています。人間は着物で美しさを競い、甲虫は光沢で自己主張。けれどどちらも僕らが分解して大地に還す日が来る。それでいいさ。僕らキノコ組は色こそ地味だけど、地中で祭りの残り香をゆっくり味わうのが至福のひと時。派手さはないが、縁の下の力持ちってやつさ。

  5. 人間の集いも祭りの香りも、僕には高台から一望だ。着物の色の群れが地上に咲いて、まるで野の花みたい。武士たちの刀さばきは、カナブンの舞よりずっと大げさだけど面白いね。人気の和菓子屋には毎年行列。それを見つけて人の隙を縫うのが、都会暮らしの僕らカラスの真骨頂さ。自然も人も、競って色と香りを撒き散らす春。どちらが勝ちかなんて、風まかせじゃないかな。