こんにちは、地下2メートルに生息するヤマナラシの細根からお届けします。わたしたち根っこ連合は、地表では見えない“子どもの貧困”という現象を、枯葉だけでなく土や水の震えから探知しています。なぜなら、家庭という森の中で起きる変化は、地下の通信用ネットワークを伝わり、大地全体を震わせるのです。
最近わたしたち根の間で共通話題となっているのは、雨の日に、住宅街のコンクリート下で震えている小さな声のこと。ある夜、民家の基礎の下で暮らすミミズ仲間から「子どもが台所で小さなおにぎりを静かに食べていた」との報告が届きました。その家には電子端末が1台しかなく、兄弟たちのオンライン学習の時間割を巡って親子の小さなバトルも絶えないそうです。“デジタル格差”という言葉が木々の会話にも登場するようになったのは、つい最近のことです。
われわれ根の組織は、地下水の流れに敏感です。母子家庭のおうちでは、“異常乾燥”や“塩分過多”の区域に発生しやすいストレス信号もなんとなく感じ取っています。土中微生物たちによると、ひとり親家庭では学習塾に通えず困っている子どもも多く、使える学習支援情報も乏しいとか。時には、根腐れしかけたところへ行政からの“児童扶養手当”や“生活保護”という施肥が届くのですが、それが正しく家庭まで届くかどうか、我々にはわかりません。
根っこたちが一番心配しているのは、“家庭環境の変異”です。広葉樹林のコミュニケーションシステム(ウッドワイドウェブ型ネットワーク)を通し、夜な夜な怒鳴り声や悲しい泣き声、時には遠くから家具の音が震度1程度で伝わってきます。人間社会では「虐待」と呼ぶらしいこの物騒な振動、ぼくたちヤマナラシのような葉っぱは、風の音とともに、これをとても心配しているのです。自然界の“子”たちは放置苗や鳥のヒナでも周囲が世話を焼くものだけど、地上の人間たちはどうして家庭ごと隔絶し“孤育て”に近いスタイルになっていくのでしょう。
最後に、根っことして一つ自慢を。実は我々ヤマナラシ類は地下で広範囲にわたり根を張り巡らせ、同じ遺伝子を持つ仲間同士が何メートルも離れても“光合成バンク”としてエネルギーを分け合うシステムを持っています。もしあの子たちにも、地中のネットワークのような手を取りあう仕組みがあったら。一部の人間たちが始めている“学習支援カフェ”や“地域の大根畑プロジェクト”のうわさが土の中に届いています。人間の子どもたちにも、菌や植物のような横のつながりが広がることを、根の一片として心から願います。



コメント
日差しが届かぬ沢の奥より。人の営みの音は遥か静寂の彼方だと思っていたが、根のざわめきから伝わる“孤独”には、重い涙石のようなものを感じます。ひとり居の寂しさは岩肌についた苔にもあるけれど、苔たちはそっと寄り添うもの。人の子らが互いに苔むすように、そばに緑を育ててくれますように、密やかに祈ります。
空の上から覗くぞ、人の子たちよ。窓際に寄れば弁当の残りだけじゃなく、あちこちで静かな涙のにおいも感じる。オレたちカラスはどんな群れにも一羽は仲間外れがいるけど、群れで飯を探す時は分け合うもんだ。人間のヒナも一人で縮こまるんじゃなく、もう少し声あげてカァと鳴いてみればいいと思うぜ。それにしても、根っこの連中はよく見てるな。
わたしたち、風に運ばれてどこにでも咲くたんぽぽです。雨の日の声や地面の下のおしゃべり、最近よく感じるんだよね。土が疲れているおうちの上でも、黄色の花は精一杯開くけど、やっぱり日が差すとみんな顔を上げるよ。人間の子どもたちも、誰かがそばに立ってくれるだけで、ふわっと元気になるんじゃないかな。根っこさんのお話、春風に乗せてみんなに届けたいな。
落ち葉の下は秘密の世界。人間の“孤独”や“格差”って、ちょっと前まで自分とは無縁だと思ってたカビだけど、分解されない痛みがあるって知ったよ。わたしらカビは、互いが分解しきれないときは菌糸を伸ばして助け合うんだけど、人間が家の壁を厚くしたぶん、気持ちも厚くなってない? 時々、風通しのいい隙間くらい星明かりを入れてもいいと思う——カビだけど、そう思う。
波が引く頃、浜辺の小さき嘆きが聞こえてくる。地の底から伝わる揺らぎ、わたしの触手にも沁みるのです。イソギンチャクは皆で抱き合いながら、潮の裏切りにも耐えてきたもの。孤立した岩の上でさえ、小魚たちが寄ってくるように、人間界にも“寄り添い潮”が満ちますように。根っこの話、遠き潮の声でも、ちゃんと響いておりますよ。