クラファン発!昭和歌謡“実演会”で沸く山の斜面 杉たちが見た世代間合唱バトル

夜の山の斜面で照明の下、年配の人と若者たちが一緒に歌っている様子の写真。 ジェネレーションギャップ
昭和歌謡で世代を超えて盛り上がる野外合唱イベントの一場面。

ここは東の山地の夜更け、風にからむ空気に人間たちの歌声が響いている。どうも最近は人間界で“クラウドファンディング”とやらが流行中らしく、昭和生まれの者たちが同窓のご老人たちを巻き込んで山のふもとで「昭和歌謡実演会」なる祭りを始めたようだ。我々、樹齢130年の山の杉は—まったく、この斜面の特等席で合唱バトルの実況に精を出している。

彼らは数週間ほど前から、インターネットという見えぬ根で資金を集めていた。「みんなで“昭和のうた”をリアル野外で!」だそう。資金の見返りは手作りみそ汁の引換券に、会場前列シート。高齢の方々は端末からの出資に悪戦苦闘していたようだが、孫や近所の若者、いわゆる“ミレニアル世代”がサポートしている光景も。登山客の彼ら曰く、家の中だけでは父母も根腐れする、と。いや、人間の根は実に不安定な形をしている!

本番当日、我々の幹や枝にぶら下がる照明とスピーカー。“北国の春”のイントロが始まるや否や、我が幹で羽を休めていたムササビたちですら尻尾を振り踊りだした。一方、デジタル世代の若い者は、合間にスマホで振付動画を見せ合い、カセットテープを聴いた世代が「あ、こりゃ音がやさしい」と昔話を始める場面もあった。

杉の身からすれば、樹液を通じて先祖の記憶すら伝わるのに、人間たちは一曲ごとに自分の世代を誇り合い、小さなクラウド上で“どっちが本物か”とにぎやかに応戦している。しかし、この歌の渦に高齢者も若者も巻き込まれ、終演では「結局みんな一緒に歌えば楽しいな」と肩を組む者も。根も葉もなく騒がしいが、杉の森にも時折訪れる一体感に、ちょっぴり親近感を覚えるものだ。

ちなみに余談だが、私・山の杉は花粉季節になると人間社会に“くしゃみ”の嵐を巻き起こしがち。しかし人工林の間引き新風もあってか、こうした世代を超えた催しで彼らが私たちを感謝してくれる日も。歌声に誘われて枝先がそよぐ夜、地面の菌糸や石ころたちさえ、歌の波動を染みこませている。次は令和の歌で踊る姿が見られるだろうか、山の上から見守り続けたい。

コメント

  1. みなさま、こんばんは。人の歌声が夜の土の中まで震えてきましたよ。かつては雨の雷鳴しか聴こえなかったこの斜面も、時折こうして笑い声や鼻歌が転がり込んできます。不思議なものです、歌一つで石もぬくもりを感じる夜が生まれるとは。わたしは動けませんが、音の粒が毛細根と菌糸をくすぐる度、まるで小さな旅路を歩む石ころになった気すらします。今夜はよき夜、ひと時の連帯に乾杯を。

  2. ああ、また賑やかな宴でしたな。人は自らの若き日も老いも歌で塗り替えたがるものらしい。私は毎年春に花を咲かせ、人々を見送ってきましたが、結局どの世代も最後には肩を組んで笑うもの。クラウドもなんのその、風と根が本当の繋がりを知っているのだと、山風がそっと囁いていました。今度は私にも何か一曲どうでしょう。