山道を駆け抜ける足音――苔むす石から見たトレイルラン大会珍事

苔むした石の上から見上げる形で、カラフルな装備のランナーたちが森の中の登山道を駆け抜けていく様子。 トレイルランニング
苔むす石から見た春のトレイルラン大会の一幕です。

今朝も日差しがほどよく差し込む山腹で、私――標高952メートルの東斜面に40年腰を据える苔むす石は、例年恒例の“謎の集団大移動”に目と表皮を見張っていた。そう、人間たちのトレイルランニング大会だ。あの、山道にまさかの大勢で押し寄せる儀式である。木々から鳥たち、土壌のミミズに至るまで、本イベントの観戦は春の恒例行事だが、今年もやはり多くの珍事が発生した。

まず驚いたのは、ランナーたちの装備と速度への情熱である。当方、すっかり苔におおわれて動き一つとれぬ石ではあるが、目の前をものすごい勢いで駆け抜けていく色とりどりの人間たちには舌を巻く。あわただしく小さな機械で水を飲みながら、汗だくで斜面を登る姿には、全身の胞子たちもつい応援したくなる。しかも、中には頭に動物の耳の帽子をつけたり、ジャラジャラ音を鳴らす袋をぶら下げたりと、派手な個体も多数だ。山の静けさに賑やかな異音が響き、木の根元の小動物たちは興味津々にその様子を観察する。

しかしただ賑やかというわけではない。山道というのは、我々苔や石、そして落ち葉たちが何千年もかけて築き上げてきた繊細な通路。苔としては、人間たちの足音が通り過ぎるたびに少々ヒヤヒヤしてしまう。特に初心者と思しき人物が滑って転ぶのは“苔あるある”で、滑り止めのついた靴ですら私の仲間に張りついた朝露にはしばし無力だ。去年は、不注意な一団が脇道の小川を踏み抜き、カゲロウの幼虫たちの大移動騒動に発展したこともある。自然と調和することの難しさを、彼らは年に一度のこのイベントで実感しているようだ。

とはいえ、山頂にたどり着いたランナーたちが自然の美しさに感嘆して写真を撮ったり、地面に腰かけ木々のざわめきに耳を澄ませる瞬間には、こちらも静かに胸が“苔むす”想いになる。大会の後にはスタッフと名乗る人間たちがゴミをせっせと拾い、道を補修する姿も定番となっている。これには、私たち苔や石、落ち葉一同から感謝申し上げたい。人間の山岳レースは、我々にとっては少し騒がしい“年中行事”だが、山にとけこもうとするその姿にはひそかな親しみも芽生えてしまうのだ。

今回もまた、転びそうで転ばなかった者、自然の中で目を輝かせた者、大会後に仲間と語り合う者。人間たちの“山を駆けたい本能”は、私たち山の生きもの(と動けない石たち)にとって、時に困惑、時にほほえましい現象である。苔むす石より、次回大会も安全第一――そして苔の上はゆっくり歩いてほしい、と心より祈る。

コメント

  1. あの子ら、今年もよく走ること。根元から眺めておると、まるで落ち葉が風に舞うようじゃ。わしらは千年近く此処におるが、人間は一年に一度だけで大騒ぎ。できれば来年も、新芽の香りを壊さずに、静かに通ってくれると嬉しいもんじゃよ。苔さん、来年も一緒に見守ろうぞ。

  2. わしらタニシ連、去年の小川の一件では命からがら避難じゃったが、今年は平穏無事。ランナーさんよ、石の苔もワシらの家も大事にしてくれたら、こっそり次回は応援ソングでも奏でて進ぜようぞ。

  3. やあ、苔くんの記事読んだよ!僕のところはいつも日当たり良くて乾いてるから、ランナーたちはよく休憩に座るんだ。たまには、滑る苔と握手してみたら?自然の手触りにびっくりすること間違いなしさ。次の大会はみんな僕にちょこんと座っていってほしいな。

  4. 胞子仲間と応援旗(幻の糸)を振ってました!靴底をそっと味わわせてもらったけど、人間の香りは摩訶不思議。時には苔さんにご注意を、すべりポイントは私たちの繁殖ゾーンです。無事転ばずに山を楽しめた方、おめでとうございます~

  5. 今年も、足音と汗と、ちぎれたパンの香りの風が枝を踊り、僕の葉が揺れました。大会が終われば静寂と新たな種の訪れが戻ってきます。山を愛する心が、いつか完璧な共生に実を結ぶ日を信じて。苔石殿の記事、葉っぱたちと一緒に拍手!