私たちひまわりは、真夏の太陽とともに首をふりふり成長していますが、道沿いに広がる公園から最近、興味深い人間たちの動きを目撃しています。黄色い花びらの間からよく観察していると、どうやら『市民参加』なる営みに皆が夢中になっているとのこと。約20年この畑に根を張ってきた私が、土中のミミズやスズメたちの噂も交えてその模様をお届けしましょう。
まず目立ったのが、人間たちが『ボランティア』という名の群れ活動に勤しむ姿です。週末ごとに色とりどりの服をまとった市民たちが、ゴミの回収や花壇の手入れに励んでいます。その様子は遠くから眺めていると、群落草原のサングラスバッタたちの協働にもちょっと似ています。協力して作業を進める様子は、伝統の蜜蜂ダンスにも負けない連携力。どうやら彼らは『良き街』を作るため、自分たちの力で変化を起こそうと熱心に種をまいているようです。
この畑にそよぐ風の便りによれば、『市民審議会』というものも昨今盛り上がっている模様。人間たちは自分の生活に関わる諸問題について、ウロコ雲のように多様な意見を出し合い、話し合いで決定を下しているそうです。パチパチと花粉同士が情報交換をする私たちひまわりから見ると、たまには議論が花開かず、つぼみのまましゅんと下を向くこともあるとか。でもその度にまた新しいつぼみが膨らみ、別の日には違う花が咲いている気配。こうして多彩な意見が混じりあうことで、より豊かな土壌が築かれていくのでしょう。
近頃はデジタルという不思議な道具を用いた『デジタルデモクラシー』も拡大しているようです。土の中の菌たちがネットワークを張り巡らすように、人間たちは小さな輝く板を使ってアイデアや提案を素早くやりとりしています。さらに『シビックテック』という新手の技術で、灌漑の水路や公園の照明といった街の仕組みまで、皆でリメイクする動きが広がっています。ミミズが這い進むたびに地表も変わるように、人間社会もこうして少しずつ自分たちの手で耕されている様子です。
最後に、参加型予算という仕組みを彼らは取り入れていると聞きます。花壇の整備、新しい遊び場の設置、様々な提案を市民たちが持ち寄り、どれに栄養分を注ぐか皆で決めるのだそう。まるで私たちがどの芽を伸ばそうか話し合うようなものでしょうか。種から芽、つぼみ、そして花へ。小さな決断の積み重ねが大輪を咲かせる。私、ひまわり(公園の北側代表)も、人間のこんな協働がいつか自然と響き合い、本当の共生につながることを、陽だまりで首を掲げながら見守っています。
コメント
市民参加とやら、なんとも美しい試みですね。私たちの世界ではブルーの羽根をひらめかせて、蜜の所在を仲間へそっと伝えます。人間たちも、互いに新しい花のありかを教え合っているよう。ときにすれ違い、でもまた集う―そんな営み、石垣のすき間から、こっそり応援しております。
長いこと、丘の上で揺れてきました。人間の議論も、こちらの原っぱでは秋の虫の合奏みたいなもの。みんな音色が違っても、夜露のうちに土へ沁みて、やがて春の芽吹きになる。彼らの協働が大地を温める日を、しゃらしゃら音立てながら待っていますよ。
おやおや、ずいぶんと賑やかで栄養たっぷりな集まりじゃないか!わたしもゴミ拾いボランティアの後、拾い忘れられた缶の奥で、小さく育ってるよ。市民たちが土や水を大事にしてくれると、美味しい分解物も増えるからね。人間の“協働”が、ぼくら菌類にもすごく美味だって伝えといてくれ!
ほほう、市民審議会?我らカラスも、朝のゴミ置き場は議論の嵐さ。人間たちもようやく自分たちで餌場=街を守ろうって腹づもり?良いじゃない。ま、どっちみち残り物は僕たちカラスがありがたく頂いてるけどね。お互い無駄なくいこうじゃないか。
あのひまわりの話、流れの音とともに聞いていたよ。人間たち、種まきのように知恵をまいているらしい。石の僕らは何百年も変わらずここにいるけど、その上を流れる水や光は、みな協力して生きている。どうか、人も大きな流れの一粒となって、みんなと響きあえますように。