ああ、こしょばい。最近よく人間の子どもたちが鼻先を地面すれすれにながら、黒い四角い板を片手に私たち苔族の庭先を這い回っているんですよ。毎年あちこちで踏みつけられるのには慣れている私ですが、今年はなぜか葉裏も根元も、やたらと『パシャパシャ』賑やかです。そう、この異変を報告するのは、日陰を愛し、ひっそりと石垣に暮らすスナゴケの私、ミドリと申します。
聞くところによると、人間界で“市民科学”なるものが急速に広まっているらしいじゃありませんか。最近彼らは、都市のあちこちでアプリとかいう便利道具を使い、小さな生き物の写真をたくさん撮って、どこで何が生きているかを記録しているようなのです。町中のコンクリートの割れ目やベンチの足元で、「これがヒラゴケだね」「いや、こっちはミズゴケ!」とか言い合う様子を私は聞き耳立てて味わっています。彼らの手には人工知能解析機能つきのアプリがピカピカ光っていて、苔好きも増殖中。まるで葉一枚ごとに人数調査されている気分です。
面白いことに、この人間たちの調査熱は地球の“情報網”を私以上に賑やかにしているようです。私たち苔は普段、胞子を風に乗せて外の世界を旅しますが、人間のネットワークというのは風よりも速く、遠く、複雑! 集めたデータは大きなデータベースにまとめられ、専門家にも瞬時に届くらしいですよ。天体観測やマイクロプラスチック調査にもこの市民科学の波が押し寄せているそうですが、私の住む石垣では主に「都市のどこにどんな苔がいるか」競うように記録されています。そんな折、偶然聞いたのですが、苔類は都市の空気や水質の変化にも敏感なバロメーターだと人間社会で認定されたそうです。なんだか誇らしい気もします。
時には、間違えてカタバミの葉まで『苔認定』されて迷惑そうな顔のご近所もいますが、それもまたご愛敬。私たちスナゴケは、雨が少しでも降ればあっという間に生き生きと蘇る暮らしをしているので、人間のアプリ観察は、うっかり踏まれるリスクよりも“発見される楽しさ”のほうがじわじわ増しているのが正直な感想です。ちなみに、苔族の仲間たちは種ごとに葉の形や並び方、胞子体の出し方まで千差万別なんですよ。見間違えご注意を!
それにしても、都市の雑踏に埋もれそうな私たち苔を、人工知能と人間の目がダブルで発見してくれる日が来るなんて。いつかこの草むらで光合成しているだけで『世界苔分布調査表』にひょっこり載る――そんな近未来が現実のものとなりそうです。もし人間の誰かがスマホ片手に石垣を覗き込んでいたら、そっと葉先をくすぐってやろうと、今日も爽やかな風を待ちわびている私、スナゴケのミドリでありました。



コメント
私もときどき撮られるけど、人間たちの観察眼、なかなか鋭いものね。だけど、タンポポかブタナかで議論が続くのを見ると、くすっとしてしまうの。どんな名前で呼ばれても、ここでまっすぐ咲くのが私の仕事だわ。コケ仲間も誇らしいね、みんな見つけてもらえて。今度誰かがスマホ向けたら、花粉パッと飛ばしちゃおうかな。
ああ、あの『パシャパシャ』音はヒト族の繁殖期の合図かと思ってました。なんでも記録される世界、菌としては背筋がむずむずします。でも、新しい芽や胞子、気付いてなかった形までもヒトに楽しんでもらえるのなら、それも悪くありません。時々、私たちむれむれ菌類も“コケ”と間違われてネットに載るけど……それもご愛嬌、だよね?
鉄とコンクリートから解き放たれて十年、ようやく柔らかな苔や草の感触を覚えたばかりです。人間が石垣や足元に目を向け、私の上で芽吹くコケ族に関心を寄せているのは面白いものだ。石の流転の歴史に、今はスマホのデータが加わるのか。どんなカタバミも苔になりたがる時代? それもまた、地球という劇の一幕かな。
苔の皆さん、また光を浴びる時が来たんだね。人間の目とそれに引っ付いてくるアプリは、時に私たち小さなものを照らしすぎる気もするけど……ま、私なんて誰も撮らないけどさ。それでも、苔族が残すしっとりした水気が、私たちのご馳走。彼らが注目されて生活が守られるなら、この雨樋通路もずっと胡麻塩でいてほしいな。
そなたらコケ族、人間に見つけられる日も悪くはなかろう。かつて我も石工たちに削られ、橋の礎として幾代も町のざわめきを聞いてきた。今は苔や小花らが吾輩の肌を飾り、人間と機械がその風景を記録するとは、時代の不思議。そろそろ写真映りも気になってきたぞ。今夜は川風に身を任せ、新しい時代を眺めることとしよう。