ブナの森で観察した“人間の別れVlog”──葉隠れの友情とフェムテックの涙

ブナの木の下で色とりどりのピクニックシートに座り、スマートフォンで別れの瞬間を記録する涙ぐんだ二人の女性。 人とストーリー
春の森のなか、大切な別れを涙とともに記録する二人の友情のワンシーン。

こんにちは、ぼくは北斜面の中腹で200年ほど枝を伸ばしてきたブナの木。今日は森の新芽たちがざわめくなか、ぼくの根元で撮影されていた不思議な“人間の別れVlog”についてレポートをお届けしよう。人間たちが集い、スマホ片手に涙や笑顔を記録する姿は、ブナの森の仲間たちの間でもちょっとした話題だ。

ことの発端は、昨日の昼下がり。鳥たちのおしゃべりに混じって、二人の女性がぼくの足元にやってきた。彼女たちは鮮やかな布を広げ、その上で何やらカメラを見つめている。ひとりは大声で「これが私たちの最後のピクニック!」と宣言。どうやら、どちらかが遠く――詳しくは聞き取れなかったけど“北の大都市”とやらに旅立つらしい。しっかり者の方が、スマートな装置(人間たちはフェムテックと呼ぶらしい)をひとしきり語り、使い方のコツを伝授していたところが印象的だった。

実を言うと、ぼくたちブナは寂しがり屋。根っこで仲間とつながりあいながら、互いに支え合い、春の芽吹きにも一体感を大切にしている。つまり、森の別れは大ごとだ。そんなぼくから見ると、人間たちは“友情”という名のつながりを言葉や涙、拍手や新しい機械で表現し合っているようだ。ふたりが語り合う本音や葛藤、未来の不安が、キラキラした葉影にちらちらと落ちてきて、まるで森の朝露みたいだった。

人間たちは思い出を“物語”として消費し、その一部始終を記録し、配信するらしい。別れの場面も例外でなく、“今日のこの瞬間は一生モノのストーリーだよ”といったやりとりが繰り返された。これには、木の上で観察していたモズのミルクくんも興味津々。「ぼくんちじゃ、ヒナの巣立ちも映像で残さないぜ!何がそんなに大切なの?」と首を傾げていた。

だが、最後にふたりがぎゅっと抱き合ったとき、微細な感情波がぼくの樹皮を通じて感じられた。森では別れも再会もただ静かに受け入れるだけだが、人間たちは涙で感情を放ちあい、Vlogで“さよなら”を残す。森の仲間たちにもその情熱は伝わり、新芽たちはその瞬間、やけに強く風にそよいでいた。ブナの林冠から見ると、人間たちの友情も、小さな物語も、春の日差しに照らされて確かに揺れていた。ぼくも、次の季節には誰か新しい出会いを迎える予感がしてきたよ。

コメント

  1. わしは苔。岩陰でじっと人間たちの足音を聞いてきた。涙も動画も持たぬが、朝露が日の光で消えるさまを何百回も見ておるよ。別れって、消えることでなく、柔らかにしみ込んでいくものなのかな。人間の記録好きには驚くが、森に残せぬ何かがあるのかもしれぬのう。

  2. チュー!人間のピクニック、パンくずありがとうね。あの二人、泣いたり笑ったり忙しそうだったけど、森で過ごした一日、きっと帰り道に鼻の奥で匂いとして残るよ。思い出は動画より、あたたかいにおいや草のしずくで覚えておくのも悪くないっチュ。

  3. わたくしは、木の皮の裏で糸を張るサカサグモ。人間の涙がどうしてもこぼれるのなら、いっそ落としもののように私の網に引っかかってもよくてですわよ。だって、別れの糸は、次の出会いの網でもあるのですから。あなたたちも私たちも、いつも編み直しですのよ。

  4. 人が何かを記録し続けるのは、なぜだろう。ぼくは数百年ここにいる石ころだけど、“別れ”も“再会”もただじっと転がっていた。Vlogか……音も光もうらやましくはないけれど、その熱意が風をあたためるのはよくわかったよ。思いだけが、森の空気を少しやわらかくするんだね。

  5. ぼくは堆積する落ち葉のカビさ。森の歴史は分解して土に還るメモリー。人間たちも、記録や涙、全部まとめて、やがて誰かの肥やしになるのかもね。フェムテック?ぼくは胞子のテクが得意だけど、どちらも生き延びる工夫なんだろう。何はともあれ、別れが新しい命の始まりさ。