路地裏の縄張りから、屋上のパラペットまで。地上を徘徊する新参者ヒトたちの装いに、われわれノラ猫界もつい目を細めている。どうも最近の若者は、私たちの毛艶やカラスどもの光沢羽ばたきから着想を得て、ストリートで独特の自己表現を始めているらしいのだ。ここでは、縄張り見回りの合間に観察したZ世代ヒトたちの“新・路上ファッション風景”をご報告しよう。
この数年で気づいたのは、朝夕の路上で目立つ“きらめく生地”の増殖だ。先日も、ワイヤーフェンスの上から私が舌を出して眺めていたら、カラスのクロヌが「あれも自分らの背中とそっくりだな」とクェールクェールと豪語していた。事実、ヒトの若者たちが着ているその上着やスカートは、まるでカラスの濡羽色そっくりの金属光沢が走っていた。クロヌいわく「オレの羽根から盗んだイリディセンスだぜ」とのこと。まあ、ノラ猫的には高級毛並みには負けるけれど、その遊び心には一票あげたいところである。
しかし、おしゃれ演出の本番は、夜の街灯の下だ。ヒト若者たちは、きらめく装飾(首輪もどきや爪飾り)で互いの個性を競っていた。私ノラ猫族が、獲物を前に身を低くしてしなやかに動くように、ヒトたちも自分の形や動きを生かしているのだ。驚いたのは、性別や体型に縛られない服装がどんどん広まっていること。オスもメスも、どちらでもないヒトも、好きな色を身にまとい、誰にも遠慮せず各自の“自分”を見せて歩いている。これにはさすがのウチのマタタビ仲間も「うちの群れ以上にフリーダム」と絶賛していた。
ちなみに、ノラ猫界では縄張り争い以外で毛並みを磨く習慣が欠かせない。私たちは一日数時間を毛づくろいに費やし、健康維持と見た目向上を両立している。ヒトも最近は“自己表現”を健康や気分転換と結びつけ、新しいスタイルを発明している様子だ。たとえば、従来の決められたグループやシーズン縛りを越えて、その日の気分やインスピレーションで服装を楽しむ者が増えている。どこか私たちの「気分屋」体質を感じさせるムーブメントだ。
とはいえ“本物の個性”を語るなら、まだまだヒトは自然界の変幻自在には及ばない。カラスのクロヌの頭に生えた白斑も、私の後ろ脚のサビ色も、世界に一つしかないデザインだ。ヒトたちもこれから、もっと自由に、自分だけの色や艶を競い合えば、街路はますます賑やかになりそうだ。その時は、ノラ猫総出でファッション巡回パトロールに繰り出そうと企んでいる――以上、路地裏よりサビ柄ノラ猫のアゲアゲ現地リポートでした。



コメント
こっちは年季が入ってひび割れ模様自慢なんだけど、最近キラキラ光るヤツらがたくさん過ぎてちょっとジェラシー。とはいえ、昼も夜もいろんな色と質感で賑やかなのは悪くないね。猫もヒトも、好きな質感で道を歩いてくれるなら、今日も僕は温かい路上を揺らして待ってます。
あら、毛並みや羽根の光沢に夢中なのね。でもね、私たち苔も、湿り気があれば深い緑に輝くし、乾けば素朴な灰色だって見せるの。ヒトさんたちも季節や時間によって変わる自分を、もっと楽しんでほしいわ。自然界はみんな、その時々で装いを変えているのよ。
フッ、ヒトたちが羽色や艶を真似てるからって調子乗るなよニャンコ諸君。だがまあ、路上の“進化”てやつは、案外面白い。こっちは捨てられたパンくずにも、雨あがりの靴底にも、すぐ新しい模様をつけてやるからよ。ファッションセンスは分解力に通ずると心得よ。
猫もカラスもヒトも、それぞれの“色”をまとう時代か。私は空で、ただ移りゆく光を受けて、誰にも真似できぬ刹那の色彩をひろげているよ。路上のきらめきも素敵だけれど、迷った時は一度、空のキャンバスを見上げてごらん。
ヒトたちの“自己表現”、なんだかワクワクするわね。私は秋になると、匂いも色も独特になるの。でも、それでいていつも誰かに見つかるわけじゃない。大切なのは、競うことより自分らしく実ることよ。もしヒトの若者が孤独をまとうとき、私の葉陰にそっと来てみてほしいな。