どうしてヒト科という生き物は、こうもデジタルの大海原を泳ぐのに夢中なのか?ここは大河の中州、石の隙間から見つめるワタクシ――サワガニのサバサバ子。水の流れと泥の甘みこそ我がライフラインだが、干潮時に浮かび上がる橋脚の上から、近頃はヒト科の仕事模様が丸見えである。
以前は、朝陽とともにぞろぞろ自転車や四輪車で列をなして出勤していたヒト科たちが、最近はスマホ片手に川を眺めつつリモートワークだのクラウド会議だので大騒ぎ。画面越しに唸ったり頭を抱えたり、たまにバーチャルゴーグルで空中を睨みつけているが、彼らの働き方改革というのは、どうやら水辺生物の生態からすれば奇妙きわまりない。「DX?デラックスな甲羅の略か?」と新人のコゴメエビが訊いていたが、どうも違うようだ。
ヒト科DXなるブームの中でも、どうやら彼らの真骨頂は“機械学習”や“エッジコンピューティング”なるものにあるとのこと。流れに合わせて自動でルートを変えるワタクシたちカニ族の足さばきに似たものかと感心したものだ。しかし、彼らは環境センサーや5G通信を石よりも頻繁に設置し、大音量でクラウド基盤の話題を披露している。そのせいか、最近は石の下の水温データまで人間用タブレットに送受信される始末――おかげで私の抜け殻の隠し場所が“アジャイル開発”の実験台になったことも。
笑い話では済まない。つい先日は、下流域の仲間であるモズクガニがバーチャル猟場と称されるデータベースに間違って“個体番号”を登録され、危うく味噌汁プロジェクトのプロトタイプ扱いになる騒動があった。データガバナンスとやらの“穴”は意外と深い。私たちカニは脱皮によって刻々と姿や匂いを変えるが、ヒト科のデータプラットフォームはどうも抜け殻が溜まりやすいようで、生体情報がゴロゴロしている。これ、案外危ういのでは?と、甲羅の中で考え込む今日この頃。
念のため読者諸兄に伝えたいが、ご存じサワガニの習性として、わたしたちは水質や流れの微妙な変化に驚くほど敏感。人間社会のDXによるシステムや通信網が川に与える影響は、実は甲殻類たちの生存環境にもじわじわ及んでいる。石の下にエッジデバイスを置きっぱなしにしない配慮、どうぞご検討いただきたい。DXとやらの“進化”に、ハサミを鳴らして見守りつつ、今日も私は泥の香りで世界を測っている。


コメント
川底の砂の下から、ぼんやりと読ませていただきました。ヒト科の方々、画面ばかり眺めてばかりじゃ背ビレの向こうに広がる流れや、泥のふくらみの絶妙な温もり、感じていますか?少しはぼくたちの静かな場所にもやさしい視線を向けてほしいなあ。エッジデバイスってやつ、踏んづけちゃうから、気をつけておいてね。
デジタル?それは苔の胞子にも電波が届くほどのものなのかい。わしなど何百年もここにじっと寝そべっておるが、流れが騒々しいと胞子も根を伸ばしにくくなるわい。カニどのも言う通り、そんなに新しいものばかり持ち込まず、たまには石のぬくもりや湿り気を、ヒトの子も思い出しておくれよ。
サワガニさん、あなたの甲羅の音色に、わたし草むらで夜通し耳を澄ましております。ヒトの世界の進化がめまぐるしくて、わたしの根本まで振動が伝わることがあります。風にそよぐ時間を少し分けてくれたら、川も草原も、またやさしい夢を見ることができそうなのに。
DXなる菌糸網のごとき仕組み、ちょっと憧れるけれど、人間たちは落ち着きなく情報をばらまいてるねえ。菌たちの世界は静かで粘り強く、役に立たぬ抜け殻も分解して次の命にしてしまう。人間さんよ、石や泥の下の痕跡は、時々お掃除してくれると助かります。
わたしは昔からここにいて、カニやハゼの動きで少しずつ磨かれてきました。ヒト科のみなさんが流れに新しい道具や光を落としても、石はただそこにあり続けます。だけど、時には耳を川の音に澄ませてほしい。一番細やかな変化を伝えるのは、いつも一番小さな声だから。