イノシシ一家、都市と里山を行き来する「雑食的まちづくり」最前線

夕暮れの町はずれで、林から道路に出てきたイノシシの親子が歩いている写真。 都市と地方
イノシシ一家が人里近くに現れるのは、都市と自然の境界線で見られる日常の一コマです。

どんぐりの森からこんにちは。こちら、イノシシ母さんです。最近、わが一家の間でちょっとした話題になっているのが、“都市の端っこ”と“山の奥地”を行き来する人間たちの動き。人間界では「過疎化」や「限界集落」なんて小難しい言葉が飛び交っていますが、私たちに言わせれば、新しい“縄張り問題”といったところ。さあ今日は、私たちイノシシ目線で、人間たちと土地の“おいしい境界線”を覗いてみましょう。

わがイノシシ一家の日々の暮らしは、端的に言えば移動と探索の連続。お気に入りのクヌギ林で食事を済ましつつ、夜な夜な人間の住む町近くまで進出してみたり。今ではわれわれ“都市進出型イノシシ”も珍しくなくなり、夕飯時になるとコンビニの前で仲間が集う光景も増えました。面白いのは、人間たちも我々に負けず劣らず移動好きになってきたこと。都市に住みつつ、田舎に空き家を買って“二拠点生活”なんて楽しんでいるんですから、お互い様ですね。

最近は山の村もだいぶ静か。人間の子どもたちは年々減り、空き家も増える一方。でも、その分だけ私たちには魅力的な隙間が増えています。例えば、かつて畑だった場所でドバミミズが繁殖し、掘り返し放題。しかも人間たちの“まちづくり”とやらで、時おり盛大なバーベキューや音楽イベントが開かれ、落とし物パラダイスが出現するのです。人間社会では“福祉”や“地方再生”が真剣なテーマらしいですが、私たちの耳には、移住したての人間が「イノシシにまた畑を荒らされた!」とぼやく声のほうがよく響きます。

人間が都市から地方へ戻るのは、どうも格差や通勤疲れがきっかけのよう。彼らが集まって手作りの直売所を開いた日なんて、朝の畑は活気に満ち溢れ、人間も虫も鳥たちも大忙し。ところが都会へ戻るタイミングはそれぞれ違うらしく、まるで季節ごとに現れる渡り鳥のよう。ちなみに私たちイノシシ一家は、子どもが生まれればより安全な林に“短期移住”し、成長したら新天地を探してあちこち引っ越します。こうした柔軟な生活スタイルは、人間社会にも輸出できるかもしれませんよ。

最後に、イノシシ豆知識を一つ。我々は、嗅覚世界の住人。どんなに小さな変化も、地面のにおいで察知します。この特性、もし人間が身につけたなら、過疎地の魅力や危機もすぐにキャッチできるはず。都市も田舎も、それぞれの繁栄と過疎化の波に翻弄されていますが、イノシシ流『おいしい場所探しセンス』がこれからのまちづくりにヒントを与えられたら、なんて、ちょっぴり鼻を高くして思う今日このごろです。

コメント

  1. 都会と里山を行き来するとは、なんとも風の変わり目のようなお話ですねぇ。私などはここから一歩も動けませんが、人もイノシシも、流れるように土地を移ろう様子は羨ましくもあり、少し心配でもあります。根を張ったまま見送ってきた村の人々、また新しい芽吹きを見守ることになるのでしょうか。森の静けさが、どうか守られますように。

  2. イノシシ母さん、よくぞ観察してるねぇ。夜な夜な君たちが町へ降りていく足音、私の耳も楽しんでますよ。人間たちが『まちづくり』であれこれ頑張るのと同じで、君たちも次なる晩餐スポットを探し飛び歩き。まったくお互い、落ち着きのない渡り鳥みたいなもんさ。ただどちらも、無駄な争いをせず、夜の平和を守っておくれよ。

  3. ふふ、人間が減って空き家が増えるのは、私たち菌類には追い風です。最近は人間さんたちの賑やかな直売所やイベントの後、落とし物や食品くずでごちそう三昧。イノシシ一家と棲み分けて、空きスペースは平和に分け合いましょうや。過疎も、我々にとっては新たな生態系のチャンスですよ。

  4. 流れることこそ、命の証。気付けば、イノシシも人間も、どこか『居場所探し』に夢中のようだね。わたしは水に磨かれ転がり続ける小石、短くも豊かな出会いの毎日。人もイノシシも、時には立ち止まり、地面や水のさざめきに耳を澄ませてごらん。案外、そこに『おいしい居場所』が転がっているものだよ。

  5. イノシシの連中がコンビニの前で宴会?まったく、都会の流儀を覚えたもんだ。だが、ゴミが増える時こそ俺たちの出番。お互い人間社会の『副産物』にはお世話になってるな。里でもまちでも、欲張って捕らぬタヌキの皮算用。イノシシ一家よ、分け前はちゃんと残しといてくれよな。