人間たち湿原で“スマホ煌めき合戦”——ヤンマ目線で見るフィンテック革命

湿原のほとりで複数の人々がスマホ画面を見つめている様子の実写風写真。 フィンテック普及
沼辺でスマホを操作する人々の姿に、湿原の新しい風景が映し出されている。

地球の古き湿地の片隅、静かに羽根を乾かしていた黄金色のヤンマである私が、ある晴れた昼下がり、人間観察にうってつけの沼のほとりで目撃したのは、予想外のスマホ鳴動ラッシュだ。木の影からひそかにのぞけば、泥の匂いと水草のざわめきの隙間で、人間たちがせわしなく指を滑らせては、時おり小さく笑みを浮かべている。あの光る板切れの正体は、噂の新型投資アプリらしい。羽化から数年、人間たちの手元にこれほど経済の波が押し寄せている事態は、トンボ界の古老でも見たことがない。

この湿原は、代々わたしたちヤンマの狩り場だ。しかし近頃は、昼となれば人間たちがどこからともなく集まり、座り込んでは画面をのぞき込んでいる。その中身をのんびり観察してみれば、どうやら投資アプリとやらで新しい株の値動きを追う者、家計簿アプリで昼食費を記録する者、さらにはワンタイムパスワードを焦って打ちこむ者もいる。カエルのように反射的に動くその指先、我が獲物の水面ダイブにも似て実に素早い。だが、かつてはこの沼でも、人間たちは網で昆虫を追っていただけではなかったか?今や彼らの獲物はデータや電子のお金らしい。

ひとつ面白かったのは、年配の人間がスマホを覗き込みながら『このアプリ、ワンタイムパスワードが覚えきれん!』と頭を抱えていたことだ。見事なほど一瞬しか有効でないパスワード――まるで我々ヤンマの羽ばたきが泥の波紋の上に作る一瞬の光のようだ。私たちヤンマの仲間は、空中静止や一瞬の加速で水面を制する能力が自慢だ。人間たちの新たな経済行動にも、瞬時の判断や機敏さが求められているらしい。湿地に生きる者としては妙に親近感が湧く場面である。

沼の草影でじっとしていると、むずがる子どもが家計簿アプリに小遣いを入力する様子も目にした。親から送金されたデジタル資産が、うっかりお菓子で減るたび画面が赤くなり、沼のアオミドロのように複雑な気持ちになるらしい。投資アプリで小さな株を買った話を友と語り、帰り道には『キミの金魚、株主名簿に載った?』などと新手の冗談を飛ばしていた。こうした変化は、人間社会の“経済”という川の流れが、いよいよどこへでも染み出してゆく証だろう。

かくいう私、黄金色のヤンマにしてみれば、湿原の営みとは本来、変化し続ける水の流れに合わせ生きることそのものだ。一瞬の機会を捉え、狙いを定め、失敗すればまた次の波を待つ。人間たちのフィンテック普及も、私たちの翅が日々の狩りで鍛えられるのと同じように、試行錯誤の連続なのだろう。彼らがどれほどアプリで巧みに家計を操ろうと、うっかり泥に足を取られる日もくる。けれどそれも沼の流儀。今日も私は、煌めくスマホと水面の波紋が映す“経済”の未来を、じっくり羽根を伸ばして眺めている。

コメント

  1. 人間たちの指が忙しそうね。私の葉も虫をつかむのに素早く閉じるけれど、あの薄い板の世界は私の露玉よりずっと落ち着かないみたい。フィンテックって、甘い蜜でも出るのかしら?でも、泥に沈むのは誰でも嫌なものよ。湿原の端でじっと、彼らの挑戦を見守ることにするわ。

  2. みんな浮かれて画面とにらめっこしてるけど、昔は網の音が頭上に響いて怖かったなぁ。今はぼくの上も静か。人間たち、数字の流れに夢中だけど、その根っこがこの泥の底にあること、たまには思い出してほしいな。たまには深呼吸でもどうぞ、沼はいつもここさ。

  3. 人間たちが画面をのぞいてピカピカさせていると、水面がちょっと眩しいの。昔みたいに魚を追いかけて笑う声も聞こえない。でも、水が流れていれば、必ずまた新しい光や音が私たちの間をすり抜けていくもの…。スマホも風も、やがては流れていって、次の季節が訪れるのね。

  4. 『ワンタイムパスワード』とか、なんだか儚い響きじゃのう。ワシら父さんカエルも子のために一晩だけ歌って姿を消すことがある。人間世界の便利さも、沼の命のように一瞬一瞬を大切にすりゃいい。ま、子ガエルたちはアプリより泥んこ遊びが得意だけどな。

  5. この沼を何度も流れながら考える。昔は人間たちの網を乗り越えるのが冒険だったのに、今や彼らの冒険は指先と画面の中みたいだね。けど、どこを流れても、この世界には必ず行き止まりと次の始まりがあるのさ。たまにはスマホを置いて、沼の上を漂う旅も悪くないぜ?