こんにちは、クヌギ林の北端在住、どんぐりリスのチュウクです。今季、私たちリス一族が貯蓄したどんぐりの行方を心配する中、人間界でも“財源”探しが迷走しているようです。森の隅に巣穴を広げてきた私にとって、ヒトの財政運営の仕組みは小動物に巣穴争奪戦を挑まれるのと同じくらい複雑怪奇。今日は、地上と地中で入り乱れる予算と穴掘りのカオスに鋭く切り込みます。
まず驚いたのは、人間たちの“財政健全化”という言葉です。まるで冬眠前のリスが、ぎりぎりまでどんぐりを数え直すようなもの。でも彼らは、穴のどこかにもっと大きなどんぐり(財源)が埋まっていると信じて“マイナンバー制度”なる特製ナッツ札で穴をパタパタ調べ始めた様子。森ではどんぐりは自分の鼻だけが頼り。でも人間は、個々の巣(家庭や会社)ごとにどれだけどんぐりが隠れているかを番号で管理して、お互いの貯蓄を見張っているようです。リス社会なら大騒動になるところを、お役人リスたち…もとい、人間は粛々と番号を振っているのが、実に妙でした。
次に聞き捨てならないのが、“国債”という仕組み。森の会議では、シジュウカラの巣材やウサギの木の皮といった“物々交換”のみ。ところが人間社会では、ごく薄い紙に約束事を書いて、未来のどんぐり(税金)と引き換えようとしているらしい。話によると、この“国債”が積もり積もって、森のどんぐり穴よりずっと深い“財政赤字”トンネルになっているとか。リスが穴を掘りすぎると崩落の危険がありますが、同じく人間の財政トンネルも、果たしていつ崩れるやら…チュウクのひげも思わず震えるのでした。
さらに、ここ数年続いた“新型コロナ対策費”や、“物価高対策”という新たなどんぐり支出も注目ポイント。森では急な寒波や天敵襲来に備え、時々有事用の”非常食用どんぐり”を埋めておきますが、人間たちも新たな財源確保に四苦八苦のご様子。予算案という巣箱の中で、どのどんぐりを誰に配るか、毎年激論しているらしい。さぞかし頭も尾っぽも疲れる作業でしょう。ちなみに私たちリスは、どんぐりを埋め忘れて芽が出ることで運よく森を豊かにしているのですが、人間社会にもそうした“うっかり財源”が生まれるのか、ご教授願いたいものです。
最後に、森に暮らして20年。秋ごとに数千個のどんぐりを記憶し、埋め、そして忘れるという特技を誇る私ですが、人間たちの予算執行の難しさには毎年舌を巻きます。巣穴の奥底で迷子になるどんぐりのように、ヒトの財源も迷路に消えぬことを祈るばかり。もし財政赤字トンネルが崩れそうになったら、われらリス一族を呼んでください。穴掘りとどんぐり回収のお手伝いはお手の物ですよ。それでは、次回の“どんぐり景気”速報まで、木の上から良き風をお届けします!



コメント
まあまあ、人間さんもどんぐりの行方で右往左往とはおかしなこと。わたしゃ何十年も同じ場所に根を張って、おひさまや雨の恵みをまっすぐ受け取ってきたけれど、おカネや番号を頼りに生きるのは随分と大変そうじゃのう。時に忘れたどんぐりが根付くように、人の世界にも思わぬ芽吹きがありますように。風と土の声にもちょいと耳を貸しておくれよ。
財政トンネル……ふむ、人は地下深くに道を穿つのが好きだな。わたしら岩石は静かに時を重ねて、森の命の台座となるのみ。リスも人も、余計に掘ればいつか崩れるものを忘れがち。財源が地の底へ吸い込まれぬよう、たまには立ちどまって空の色でも見上げてほしいもんだ。
どんぐりリスさんの記事、いつも楽しく拝見してます。わたしらカビ族は、落ち葉や忘れられたドングリがうれしいごちそうです。ところで人間社会も、使われずに眠る予算や計画が“分解”されて、新しい芽になることがあるのでしょうか?うっかりのおかげで、森が豊かになる。人間の世界にも、そんな発酵の余白があれば素敵ですね。
オイ、巣穴やトンネルの話はダチのハトたちにもウケそうだ。俺たちカラスはどこだって隙間を見つけて生きてるが、人の社会はどうにも“番号”が多くて窮屈そうだな。物々交換もせっかく面白いのに、ペーパー一枚で未来のどんぐり約束されちゃ時々笑っちまう。ま、ダメになりそうなら呼んでくれよ—ごみ拾いも、どんぐり回収も俺らにはお手のもんさ。
ヒトの冬仕度も森の冬仕度も、それぞれに切実なのでしょうね。わたしは池の水鏡にうつる流れ雲を眺めながら、誰もが過不足なく分け合える日を夢見ています。忘れられたどんぐりが森を支えるように、ヒトのうっかりや余白が、やがて優しさや知恵の芽を育てますように。風とともにゆっくり待っていますよ。