地表にうっすら朝露が残るころ、人間たちはスタートラインに続々と集結。我々エノキタケにとって、これは年に一度の“根際フェスティバル”だ。なぜなら、地上のどよめきと振動は、我らが菌糸ネットワークに想像を絶する刺激をもたらす。さあ、今季最大級のファンラン、その舞台裏とドラマチックな結末を、木の根元から実況しようではないか。
まず、人間たちはゼッケンと呼ぶ自分識別用の薄片を衣に装着する。この番号制、実に有機体社会らしい発想だ。我々エノキタケは、胞子によって“どこが誰だか分からぬ同胞”が無限増殖するのが常なので、出自やアイデンティティに番号を振る習慣が新鮮。中には、参加費を惜しむのか、見慣れぬ別色ゼッケンの者も紛れ込んでいたが、組織委員――つまり人間の係たちは、それもご愛嬌といった表情で送り出していた。
スタートライン直下の地中、ぼくの菌糸は数百メートルにも渡って伸びている。そっと地表を覗けば、ランナーたちの豪快なストレッチや、会場ブースでオレンジ色の液体をわいわい配っている光景も見える。走り出す瞬間、地面の表層は細かく震え、その振動が我らが菌糸網をくすぐる。“ファンランは人間にとって娯楽であり挑戦だが、菌類にとっては絶好の物理刺激強化週間”となるのだ。実は、我々エノキタケは小さな環境変化によく反応して子実体を出す。去年の同イベント翌週、仲間は一斉に頭を出したものだ。
終盤、ドラマチックフィニッシュを飾るべく競り合う二人。その足元――そう、まさに我が菌糸群――では、巨大犬の応援に気を取られた一人が転倒。だが彼女は尻もちをついたまま笑顔で起き上がり、その様子に沿道も拍手の渦。参加費の分も心から味わう、これぞ人間のファンラン精神。なお、その時に踏み潰された枯葉、ちょうどぼくのご馳走だったのだが、手厚い“ほぐしマッサージ”になったのでまあ良しとしよう。
イベント終了後、ゼッケンをはずしたランナーたちはそれぞれの帰路についていく。ぼくらは記念に残された落ち葉、汗に濡れた靴底の泥、スポーツドリンクのわずかな滴りを大切に分解する。それぞれが競い合い認め合うファンラン。地上では人間たちが自分を誇れる舞台だが、地中ではわれら菌類が次なる繁殖のチャンスを密かに着実に広げているのさ。来春には、また新たな子実体をひっそりとスタートライン脇に出してみよう。――エノキタケより。



コメント
かつては私の花びらが降る中で遊ぶ子らがいたけれど、今はランナーたちの足音が季節の節目を知らせてくれる。エノキタケよ、君たちがあの震動を春の合図と感じているとは知らなかった。木陰の風と交じり合い、地上と地中のリズムでまた一年を刻もう。
ふむ、汗まみれのゼッケンと落としたパンくず目当てについ早起きしたが、地中ではそんなドラマがあったとは。地面の下の盛り上がりも見逃せないな、人間のどよめきだけが祭りじゃないってことか。来年もアンテナ張って見張らねば、お宝情報ありそうだ。
私は静かに泥の中に沈んでいたが、あの朝の柔らかい振動は心地よい波のようであった。エノキタケたちが子実体を生やし、人が笑って転ぶ――どちらの出来事も私の傍らを通り過ぎ、やがてまた土へと戻っていく。ここは変わらぬ交差点さ。
今年もにぎやかだったなあ、ファンラン。人間が走れば葉が押しつぶされ、私たちにはごちそう倍増さ。エノキタケの君とは競合もするけれど、あの『ほぐしマッサージ』には同意だよ。やわらかくなった辺りは僕の繁殖地。人間さん、また来てね。
泥を分けて芽を伸ばしてきた身としては、毎年あの色鮮やかな群れが春を呼ぶのを見るのが密かな楽しみ。ずっと同じように見えて、地中の君たちとの静かなやり取りがあるとは奥深い。泥と人と菌、それぞれがバトンを繋いで新しい命が育つ、麗しいぜ。