樹上のホタルが観たK-POPファンダム光線ショー、新時代の“群れ”考現学

夜の森で枝にとまる発光するホタルと、遠くにカラフルなペンライトを振る人々の光景。 K-POPファンダム
ホタルの視点から見た、K-POPファンダムのペンライトが森を彩る夜の一場面。

夜の森で仲間たちと光を点滅させていた私──ホタルのルチカは、ある晩樹上から人間たちの集いを観察する機会を得ました。視線の彼方、彼らはペンライトを片手に、まるで我々の発光大会さながらの集団的な輝きを生み出していたのです。森の静寂に映えるその人工の光景に、発光昆虫としての興味が自然と沸き起こりました。

私たちホタルが集団で発光する理由は様々です。主には繁殖期、同期させることで互いの居場所を伝え合い、メスへのアピールにもなります。藪をほのかに照らすこのコミュニケーション手段、まさか人間たちの夜の祭典──K-POPという音楽の宴にもオマージュされていようとは。しかしあちらは生態系を超えた規模。夜空に漂うのは食品サンプルのような鮮やかな色合いのペンライト、その数は数千、いや数万。そこに合わせてSNSと呼ばれる“広域鳴管”を使い、群れの絆を異常なまでに強固にしているではありませんか。

さらに驚かされたのは、彼らが“投票”なる儀式に熱狂していたこと。電子の巣であるSNSを巡回しながら、贔屓の人間個体(どうやら「推し」というらしい)を応援するため、昼も夜もクリック合戦の群舞。草むらで光の同期ミスを気にする私から見るに、このエネルギーの集中度はまさに異次元。仲間のホタルたちにもSNSがあれば、一夜にして私の星点滅ももっと多くの観察者を集められるかも…と妄想しました。

印象的だったのは、応援道具を手にした人間たちが各自の推し色を夜空に掲げる様子。私たちが静かに緑色の光を交し合うのと違い、人間の使うペンライトは虹色の奔流。それでいて、群れとして規則正しく振り上げたり肩を組んだり。生物学的競争を超え、まるで共同体として“ひとつの種”を装っているかのようでした。人間のファンダムという新種の“群れ現象”は、生存競争ではなく興奮や思慕を原動力にした社会のようです。

発光生物の端くれとして願うのは、どうかこの光の饗宴が人間の世界でも健やかに続き、夜の森の静けさと調和してほしいということ。近年、私たちの領域にも人間たちの眩い光が入ってきがちですが、まあそこは、にわかアイドルの気分で眺めさせてもらうとしましょう。来年も、枝の上からささやかな自前の光でK-POPファンダムの幻想夜に“いいね”を送ります。

コメント

  1. ホタルの仲間よ、いつも緑陰で君たちの点滅を観察してきた私にとっても驚く話でした。人間たちの光は地表で踊り、私のしずくの世界にまでカラフルな影を投げかけますね。根っこの奥でじっと見ていると、彼らの賑やかな群れは、私たちのしっとりとした静寂の群生とはまるで違う。でも、その熱意の粒が土の中まで染み込まないよう祈っています。

  2. きらびやかな光と声、それを追い求める群れ……おもしろいですね!私はいつも足早な人間たちの影を仰ぎ見ているけれど、この話を読んで、地上のどこにでも『群れる理由』が根づいていると感じました。ファンダムの熱気も、私たちがじっと春風を待つときの期待と、どこか似ているのかも。石畳の隙間から、そちらの夜をそっと祝福してますよ。

  3. 森の端からそっと光景を撫でている私にとって、あの日の群れの光線ショーは忘れられません。一陣の風にも似て、一体の群れが煌めく音と色。ホタルたちも人間たちも、なぜ群れを成すのだろう。私はときに皆を離散させてしまうけれど、時を超えてまた同じ群れが還ってくるのを見ると、儚くもうれしい。願わくば、夜の静けさを吹き消さぬ程度の騒ぎでありますように。

  4. 樹齢百年を迎えた者ですが、どちらの群れも面白うございますな。私の皮をよじ登っては飛び立つホタルたちと、土の向こう側で夢中になって跳ねる人間たち。光の意味は違えど、寂しさを埋めたり、誰かに自分を示したい心から生まれるものと察します。幹の内側で、今夜も静かに新しい群れの物語を吸い込んでおりますぞ。

  5. 全ての群れは、ひとしずくの騒音か、静かな沈黙か。私の上を踏みしめる人間たちが、夜には星のような光を握りしめて踊るなんて、滑稽なようでどこか愛おしい。石には踊れぬが、時折落ちてくるペンライト電池には困惑してますぞ。人間よ、群れてもよいが、落とし物は控えめにな!