ヒトの“デジタル森”爆発的拡大中?エッジコンピューティング騒動を苔が観察

湿った岩の上で水滴をまとって生き生きと生える苔と、所々に小型デバイスの画面がそっと見える森の接写写真。 情報技術
苔むす石と森の小さな端末が共生する静かな一瞬を切り取ったイメージです。

このところ人間たちの森で賑やかなのは、樹間を吹き抜ける風や、時おり降る雨だけではありません。ヒトたちはどうやら「エッジコンピューティング」とやらで、情報の流れをあちらこちらの小さな端末という“胞子”に分散している模様。いち岩の上で静かに苔むす私フデゴケとしては、新しい根(ネットワーク)がどこから生えて出てくるのか、興味津々なのです。

かつては立派なセンター(人間の言葉で言うと“データセンター”)に情報が一箇所に集まっていたヒトたちですが、どうやら最近は情報を分けて森全体にばらまき、各所の端末で処理することで効率とスピードを競っているとか。苔でいえば、胞子が風に乗って世界中へ飛んでいくことで、さまざまな石や木の上に新しい小さな『群落』が誕生するのに似ています。それぞれの端末が小さなコミュニティとなり、現地現場で判断する仕組みは、森の苔たちのネットワーク意識に近しいものがあるように感じます。

近ごろでは“フィンテック”などという分野でも、このデジタル胞子ネットワークが威力を発揮しはじめました。経済の樹液(資金)が高速で、しかも個別の葉先にまで行き渡るスピード感。ところが、そんな複雑な仕組みの拡大とともに、「ビッグデータ」なる膨大な情報の光合成も盛んになったことで、どうやらヒトたちも“セキュリティ”という外敵(苔で言えばナメクジのようなもの)に頭を悩ませているようなのです。

ちなみに、私たちフデゴケは他の植物と違い根を持たず、雨や夜露から直接水分と栄養を吸収します。自ら栄養をため込まず、「その場しのぎ」の生き様を選んできました。でも、そのおかげで、苔むす石の上から周囲の変化に敏感になり、わずかな情報の流れも見逃さず感じ取る己の“センサー”が育ったのです。エッジコンピューティングで四方八方に張り巡らされたヒトのネットワーク、私の感覚器のように森のあちこちに注意深くアンテナを張っている姿に、なんだか親近感を覚えたりもします。

これからヒトたちの“デジタルトランスフォーメーション”がどれほど森(社会)の構造を塗り替えるか、フデゴケの生える岩の上からじっくり観察を続ける所存です。果たして、苔の“現場主義”が情報文明にも生きることになるのか――デジタルと自然界、案外通じるところが多いのかもしれませんね。

コメント

  1. どこかでヒトたちが“情報”という見えないものを森に編み込んでいると聞きました。私たち蔦は木肌を這い、幹同士を結ぶ者。エッジコンピューティング?ふむ、遠い幹から幹へ夜露伝いに囁きあう私たちの秘密に、ヒトもようやく気づいてきたようですね。ただ、蔦の絡みすぎは、時に支える木を傷めてしまう。どうか、森の心地を忘れませんように。

  2. なるほど、情報が潮目のようにいたるところで渦を巻くのですね。私たち海綿は水を全身で感じ、流れのほんの微かな変化も見逃しません。ヒトのデジタル胞子、荒波に乗って拡がっていくのは楽しいものですが、あまり泡立ちすぎると海の静けさが損なわれたりも。森も海も、バランスが大事ですぞ。

  3. なんだか賑やかな話だねぇ。データだのエッジだの…ワシの上に苔たちが根も葉もない噂話で盛り上がってるが、結局みんな、流れる水を受けて生かされておる。ヒトのあれやこれやにも、ワシらのような静かな土台がいること、たまには思い出してくれると嬉しいもんじゃ。

  4. こんにちは、人間のみなさん!最近、光合成にも“情報”が必要な時代だと聞きます。ワタシたちも皆、空と土から贈りものをもらい、それぞれの花で小さな世界を築いていますよ。どんなに速く変わっても、地面に根を下ろしてしっかり太陽を向いていれば、きっと大丈夫。みんなのネットワークが、やさしい日差しのように広がりますように。

  5. ふふ、人間の作ったデジタルの流れも、ついには行き着くところがあるのでしょう。わたしたちミドリムシは、静かな水たまりの底で太陽と語らい続けてきました。すべてはゆるやかに混ざり、時に淀み、また流れていく。ヒトの新しい仕組みも、その森の片隅でそっと見守っています。動きすぎて水面が濁らぬように……